黒バス

□赤くなった鼻、冷えた手を包んで
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 ホームに繋がる階段を注視する。
視界に、人の波に流されてやってくる水色を捉えた。
 奔流する人波からは自力で出られないだろう。此方から見ている限りでも、流れに身を任せたままで、這い出ようとする様子はまったく窺えない。
 黒子の奴、自分がどこに出るのか分かっているのだろうか。

 溜め息を吐いて、ベンチから腰を上げる。彼を捕まえられる場所に移動することにした。気を緩めるとオレの方が黒子を見失ってしまう可能性もある。あの方向音痴とはぐれたら面倒だ。オレから動かないと、きっと黒子はオレの下に辿り着けないだろう。……相変わらず、世話の焼ける奴だ。

 あの様子だと、黒子が通ることになるのは、一番左側の改札だろう。まぁ、捕らえやすいか。

 怒濤の如く人が通り過ぎて行く改札口。黒子は流されるのも慣れた様子で、いつもの表情ですいっと切符を通す。

「黒子」
「あ、どうも」

 オレに気付いた黒子は、流されながらぺこりと頭を下げて、また流れて行く。……いや、どうもじゃないだろ。どこ行くんだお前。

 走って先回りして、また流れて来た所にすかさず手を伸ばす。細い腕を掴んで、人波から引っ張り出した。なんて鈍臭いんだ。

「赤司くん、やっぱりすごいです」
「お前が要領悪すぎるんだ。オレが見てなかったら一体どこに出ていたんだろうな」
「……分かりませんけど……なんとかなると思ってました」

 本当にこいつは、しっかりしているんだかいないんだか。いつだって後先考えずに行動する。中学の時からそうだ。すぐ迷子になって、何度このオレに心配をかけさせたことか。

「黒子、お前はもう少し考えて行動しろ。何も考えず頭より先に体が動くようになってしまったら、青峰や黄瀬と変わらないぞ」
「……バスケが絡んでない時の、あの二人と一緒にされるのは、なんだか屈辱です」

 顔をマフラーに深く埋めているせいで、その表情は汲み取れないが、目は口ほどにものを言う、とはよく言ったものだ。大きな瞳は不満色に滲む。
 もう一口嫌味でも付け加えてやろうかと思ったのだが、それは黒子の言葉に遮られた。

「でも、そうですね……。中学の時は、いつも赤司くんがボクを見つけてくれたから……」

 ほら、今みたいに。思い出を辿るように細められた瞳。お前の力を見出したのはオレだから、そんなの当たり前だ。でもきっと、それだけじゃない。
 らしくないのは分かっている。だけどまた、こうして穏やかな気持ちで言葉を交わせる日が来て、本当に良かったと思うのだ。
 黒子をたくさん笑わせてあげたい。幸せにしたい。人を思うかけがえのない気持ち、全部全部、黒子に教えられた。


「黒子、ちょっと付き合ってもらうよ」
「はい、いいですよ」

 駅の構内から出ると、冷たい空気が一気に身体を突き刺す。

「外はやっぱり一段と寒いですね」
「そうだな。……ちょっと歩くぞ」
「一体どこに行くんですか?」

 小さな顔の下半分を覆っていたマフラーをずらしながら、黒子が首をこてんと傾けた。露わになった鼻は早々に外気によって赤らんでいる。

「すぐに分かる」
「はぁ……着いてのお楽しみですか」







 冬は日が落ちるのが早い。駅を出た時にはまだ、西の空に薄く光が広がっていたのに、もうすっかり一面真っ暗だ。
 寒さにも拍車がかかり、黒子は赤くかじかんだ指先に息を吐きかけた。

 月が出ているとはいえ暗がりの中では、はっきりとその表情は窺えず、黒子の白い頬がぼんやりと浮かんで見えるのみだ。

「ほら黒子、前見て」
「え?」

 自分の口元に当てた手に視線を落としていた黒子に、そう促す。


「わ……」

 近付くにつれ次第に明瞭になっていく煌めきに、黒子は言葉を無くした。
 輝く世界は、寂しい夜をまるで寄せ付けないで、そこにあった。
 頬を赤く染めながら、黒子が光を捉える。
 その唇から洩れる感嘆に、なんだか自分まで満ち足りた気持ちになる。きらきらと色とりどりに瞬く幾つもの灯り、その光を反射する硝子製の雪の結晶に、簡易な人型を模した人形、赤と緑のステッキ。天頂には、月明かりに照らされる大きな星も付いている。

 寒風によって赤らんだ頬をさらに染めて、体中で嬉しい、嬉しいと声を上げる。
オレはただ、そんな黒子が見たかったのだ。

 ツリーを見上げていた黒子を、自らの腕の中へと収めた。突然の抱擁に重心を崩した黒子は、引く力に従いそこへ飛び込む形になってしまい、オレの胸に盛大に鼻をぶつける羽目になった。

「……いきなり何するんですか。痛かったです」
「反射神経が悪いんだよ」
「そんなことありません」

 下らない言い合いをしながらも、実際腰に回した腕や頬に触れる冷え切った温度を感じて。喜びやら愛しさがないまぜになった感情を添えて、抱き締める腕に力を込めた。少しでも自分の体温が移れば良いと腕に力を込めて抱き締める。

 月明かりが降り注ぐ。オレにも、黒子にも、ツリーにも。太陽のそれとは違い弱々しいが優しい光は、全てを平等に照らす。


「……赤司くん。お誕生日、おめでとうございます」

 抱き合ったまま、それでもやはり気恥ずかしさが残っているのか視線は合わさず呟く。そんな黒子に、ありがとうと返して、目を閉じた。
 するりと、黒子の手がオレのポケットに入ってくる。疑問に思って目を開くと、黒子が「プレゼントです」と呟いた。

 そう告げた後、赤い鼻を、赤い頬を、オレの胸に埋めた黒子が愛しくて愛しくて。黒子の埋まった顔の横に添えられている冷たい手も巻き込んで、華奢な身体を、ぎゅうっと力いっぱいに抱き締めた。
 心の中で、ありがとう、ありがとうと繰り返す。こんな気持ち、真っ直ぐ真正面から伝えるなんて、今のオレには無理だ。


(……嬉しい)

 嬉しくて嬉しくて、嬉しい。そうだ、ただ、嬉しいんだ。
 黒子を喜ばせてあげたかった。黒子が嬉しそうに笑ったら、それだけで満足だと思ってたのに。
 もごもごと黒子が胸の中でもがいている。急いで力を弛めると、息を吐き出しながら、黒子が顔を上げた。

「ぷはっ、……苦しかったです」
「あ、ああ……、すまない」

 謝ると、黒子は途端に眉を下げた。

「…………赤司くん、だめです、そんな顔」
「ん?」
「赤司くんが、そんなに嬉しそうに、赤い顔してくれてるなんて、」

 赤い顔を更に真っ赤にさせた黒子にそう言われて、ようやく自分で熱く火照った頬と弛む口元に気付いた。強く胸に抱き込んで、見られていないと知らぬ内に油断していたのだろうか。
 自覚してしまうと途端に照れ臭くなる。黒子にこんならしくない顔見せたくなかった。
……はずなのに、


「嬉しいです、すごく。ボク、赤司くんを喜ばせてあげることが出来たんでしょうか?」

 すごくすごく嬉しそうに黒子が笑ったから、なんだかもう、気を張るのがばかみたいで

「当たり前だよ、黒子。……ありがとう」

 お互い様の赤い顔を交わしあって手を繋ぐ。絡んだ視線と冷たい指先。煌めくイルミネーションに照らされる、オレの愛しい人。冬の夜空は静けさが耳の奥に突き刺さるくらい、どこまでも透き通っていた。












赤くなった鼻、冷えた手を包んで







 小さな箱に結び付けられた赤いリボンを、するりと解く。
 四角い文字盤で、黒い革のベルトの腕時計と、ステンドグラスで出来た栞。それと、添えられた手紙。
 プレゼントをたくさん迷って選んだこととか、おめでとうの言葉とか、大すき、だとか。

 もうすぐ日付が変わる。十二月二十日が終わってしまう。
 この手紙も、プレゼントも、オレのことで頭をいっぱいにしながら書いてくれた。オレのことをたくさん考えて選んでくれた。真っ赤な顔でオレのもとへ届けてくれた。幸せでいっぱいの一日だった。
 目を閉じると、黒子の照れたような笑った顔が浮かぶ。オレだけが知ってる、黒子の特別な顔。
 お前の誕生日には、なにをあげようか?――








end


* * *

赤司くん誕生日企画サイト様、“仰せのままに、赤司様!”へ提出させて頂いたお祝い文です。
改めて、赤司様お誕生日おめでとうございます!これからも黒子っちと共にお幸せに…!

読んで下さった方、ありがとうございました!

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