黒バス

□ready?
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「……え? 赤司くん今なんて言いました?」

 たった今、目の前の恋人が発したセリフが理解出来なくて、聞き返す。どうか聞き間違いであってほしい。
 ボクの問いかけに、赤司くんは目を細めて微笑んだ。普段なら思わず、きゅんとしてしまうような表情だ。だけど、



「だから、黒子のパンツが見たいんだ」


 黄瀬くんのようなことを言い出すのだから、ときめきようがない。どこかで頭でもぶつけたのだろうか、大体なんでパンツなんだ、パンツなんか見てどうするつもりだなに考えてるんだ。どうしよう、ボクの大切な恋人は黄瀬菌に侵されてしまったのだろうか。
 赤司くんの一言に翻弄されてぐるぐるぐるぐる思考が回る。この現実から目を背けたくて、金髪の友人を恨む。おのれ黄瀬くん、赤司くんに何をした。

 これも一種の現実逃避なのだろうか。心の中で、恐らく関係ないであろう友人への罵倒をつらつらと綴る。そうして赤司くんから目を逸らしていると、まぁ分かっていた事だけれど、彼が許してくれるはずもなく、肩にぽんと手が乗せられ、耳元で、「黒子」と囁かれた。どんなにぶっ飛んでいようとも、ボクを呼ぶ変わらない甘やかな声音に嫌でも心臓が跳ねる。顔が熱い。鼓膜までもがじわりと紅潮しているみたいだ。


(しっかりするんだ、ボク……!)

 よく考えろ、どんなに色っぽい声で呼ばれようが、優しく触れられようが、当の本人はパンツを見せろなどと要求してきているんだぞ、さっきはときめきようがないとまで思っていたじゃないか!
 そんな思考とは真逆に心臓はどんどんスピードを増して脈打つ。赤司くんはいつの間にかボクの後頭部に手を添えて、髪に幾つものキスを落としていた。

「あ、あか、赤司、くん……」
「ん?」
「なんで急に、……ぱ、パンツなんか、見てるじゃないですか、勝手に脱がして、いつも……」

 羞恥に震える声で問う。自分で言ってて恥ずかしい。思い出すものか、嬉々としてボクのズボンやらパンツやらを脱がす赤司くんを、思い出すものか……!

 自分でも何と戦っているのか分からなくなってくる。ああもう、毎回毎回どうしてこうも振り回されるのだろう。
 溜息を付いたその後、またわけの分からないセリフがボクの耳に届くのだった。


「それじゃ、意味ないんだよ」
「はい……?」
「だから、こう……黒子が自分でチャックを開けて、ズボンをずらして……チラッと見せて欲しいんだ。パンツを」

 ズザザッ!

 気付かない内に腰まで下りてきていた不埒な手を振り払って、赤司くんから距離をとる。一瞬表情がムッとしたけれど、すぐに不敵な笑みを浮かべ、ジリジリと近付いてくる。彼が一歩、歩み寄る度にボクも一歩下がる。それを何度か繰り返していたけれど、遂に背中が壁にぶつかり、逃げ場が無くなった。
 この詰め寄られた距離、そしてなにより赤司くん相手だ。ミスディレクションが通用しないであろうことは重々承知していた。だけど最後の悪あがきだ!



「どこ行くんだ、黒子?」

 がっしりと腕を掴まれた。分かってたことじゃないか、がっかりなんてしていない……!! とうとう逃げられなくなった。相変わらず赤司くんは微笑みを携えたままでボクを見ている。それも至近距離。

「しょ……勝負です!」
「……は?」

 追い詰められ、思わず口を突いて出た言葉に、言ったボク自身まで驚いてしまった。しかしもう後には引けない。取り急ぎ続きの言葉を探す。

「だから……あの、ボクと何かで勝負して、ボクが負けたら、ぱ、パンツでもなんでも見せてあげます!」
「…………黒子、それはもう見せるって言ってるようなものじゃないのか?」

 わああああ……なに言ってるんだボク……。悔しいけど、赤司くんの言う通りだ。何か赤司くんに勝てるもの、あっただろうか……! いや、ない!! ああ、そうだ、ここは運を天に任せてジャンケン……だめだ、それすら勝てる気がまったくしないし勝ったためしもない! 因みに赤司くんが負けているのも見たことがない!


「……赤司くん、やっぱり……」
「まぁ良いだろう、決めた。50メートル走だ」
「……はい?」
「基礎的でいいだろう。50メートル競走で、負けた方は相手の言うことを聞く」
「ちょ、ちょっと待って下さい、それこそボクに勝ち目が無いじゃないですか!」

「なに弱気なこと言ってるんだ。お前は戦う前から諦めるような子じゃないだろう、いつもの負けん気はどこに行ったんだい?」
「だ、ちょ、まっ、」

 一方的にとんとん拍子で進められていく話に戸惑い、言葉になりきらない声で、勘弁してくださいとの意志を伝えようとするも、「それ何語?」と流されてしまった。

 マズい……。負けたら、とんでもなくくだらないことをさせられる……。

 赤司くんが一度決めたことは意地でも曲げないのは知っている。こう見えてひどく頑固者だってことを、ずっと一緒にいたボクはよく知っているんだ。それに加え、昔から植え付けられた彼の言うことは“絶対”であるという固定理念。……いや、流石にパンツを見せろとかは……断るけれど……。

 ボクが悩んでいる間にも、赤司くんは携帯を取り出し何やら話している。その横顔は完全に勝利を確信した表情で、そして上機嫌と来たものだ。ムカつく。
 これも多分全部黄瀬くんのせいだ。黄瀬くん許すまじ……。
 赤司くんには、とてもじゃないけれどぶつけられない憤りを全て脳内黄瀬くんにぶつけることにした。そうでもしないと気持ちが落ち着かない。


「よし、行くぞ、黒子」

 何とかして勝たないと、とんでもない恥をかくことになる。一体どうすれば……。

「おい黒子」

 フライング……はだめだ。絶対一回で即反則負けにさせられる。

「黒子」

……赤司くんが途中で転んだりしてくれればなぁ。

「……テツヤ」
「……えっ」
「なにボーっとしてるんだ。行くぞ」
「ど、どこにですか?」
「だから、誠凛」
「……え?」









 渋るボクの手をひいて、連れて行かれたのは誠凛のグラウンド。しっかりと握られた手に、もう逃げようがないな、と思った。まさかここで50メートル走をするつもりだろうか。
 繋いだ手に落としていた視線を上げると、視界に異彩を放つ集団が飛び込んできた。見慣れた面々にげんなりする。そうか、さっき電話してたのはやっぱり彼らだったのか……。

「あー! 手繋いでる!! ズルい赤司っち!」
「黙れ駄犬。ラインはちゃんと引いたんだろうな」
「ぬかりない、しっかりと50メートル寸分のたがいも無く引いてやったのだよ」
「そうか、ありがとう」
「赤ちん、黒ちんと50メートル走とか無駄なことするんだね〜」
「まぁな」
「なんかテツふてくされてねぇ?」
「そんなことないよな、黒子」
「そんなことありますよ……!」

 相変わらず用意周到過ぎる。そして紫原くん酷い。それと、まだ頭が付いていっていないのだろう。ストップウォッチを持たされて呆然と立っている火神くんが本当に不憫だ。

「あの、なんで火神くんまでいるんですか」
「用意しておいて貰いたかったし、一人くらい誠凛の卒業生がいた方が入りやすいだろう」
「赤ちんはオレ達の為を思って火神を呼んだんだよ、黒ちん」
「紫原くん、君は洗脳され過ぎです」
「おい黒子! 赤司に俺のケー番教えたのお前か!」
「あ、オレッスよ」
「お前かよ!!」
「つーかお前らなんで急に50メートル走? 大体テツが赤司に勝てるわけねぇじゃん」


 青峰くんが頭を掻きながら発したセリフに、パンツのことは言ってなかったのかと少し安穏する。 そんな約束(凄く一方的だけど)をしていることが知られたら、なに言われるか分かったもんじゃない。
 赤司くんが余計なことを言う前に、ぼやかして説明しておかなければ。「50メートル走で勝ったら言うことを聞いて貰えるんです」と、赤司くんに口出し無用と目配せをしながらみんなに伝える。赤司くんは約束を思い出したのか、半笑いになっていた。ムカつく。
――そうだ、ムカつくといえば。

「黄瀬くん」
「なんスかっ?」
「許しません」
「なんスか!?」

 それだけ伝えて、準備体操を始める。屈伸していると、緑間くんが、「黒子」と声をかけてきた。その手にはしっかりと、ラッキーアイテムであろうマイクが握られている。

「なんですか?」
「大丈夫だ、きょうのみずがめ座は一位、いて座は十位なのだよ」
「……はぁ、どうも」
「しかしお前はラッキーアイテムを持っていないな……こんな勝負事がある日なのに何故持ち歩かないのだ貴様! 人事を尽くせと何度も言っているだろう!」
「緑間くん、ボク達の順位も見てくれてたんですね」

 一位ならこんなくだらない勝負するような羽目になってしまうものか。……だけど、これは彼なりの応援なのだろう。普段なら聞き流す小言だけど、今は藁にも縋りたい思いのボクにとっては少なからず心に沁みるような気がした。

「ちなみにボクのラッキーアイテムはなんだったんですか?」
「……そこまで当てにするな」
「覚えてないってことですか……」
「失礼な、見ていないだけなのだよ!」

 緑間くんに怒られてしまった。“覚えてない”と言ってしまったのがマズかったんだろう。
 体を伸ばして深呼吸する。思い切り息を吐き出したところで、黄瀬くんに声をかけられた。

 
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