黒バス
□身悶えTIME
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猫耳とはその名の通り猫の耳である。
もちろん、そんな物人間に備わっているはずもなく、なにより耳は四つもいらない。
だからボクには小指の爪の先ほども分からないのだ。『猫耳カチューシャ』なる物の存在意義も、
「ほら黒子、さっさとこれを着けるんだ」
――――何故恋人がそれを片手にこんなにも興奮しているのかも。
朝、ボクより早く起きてどこかに行っていたらしい赤司くん。帰って来るなり開口一番に「これを着けてみてくれ」と猫耳カチューシャを渡された。朝日を背に猫耳カチューシャを掲げる恋人の姿はこの上なくシュールで、ボクは思わず固まってしまった。
そんなボクに業を煮やしたのか、無理矢理ボクにそれを装着させようとした赤司くんと格闘すること五分。とりあえず玄関から部屋に戻り、冒頭へと続くのである。
「良いか、黒子。オレはただこれを着けてくれればそれだけで良いと言っているんだ」
「赤司くん……いったい君に何があったんですか……」
当然の疑問だ。昨日まで普通だった恋人が急にこんな事を言いだせば、誰だって何事かと尋ねたくなるだろう。しかし膝を突き合わせて座する彼は熱があるようにも見えないし、これといった異常は見当たらない。
……はた目には。
きっと青ざめているだろうボクの顔を一瞥して、赤司くんはぽつりぽつりと話しだした。
「実は、これは緑間の私物なんだが……」
「はぁ……」
どうせ、おは朝のラッキーアイテム対策だろう。だから何だ。まさか、それがボクのきょうのラッキーアイテムで、それを赤司くんに教えたとか? それならこの奇行にも納得がいく。
「黒子に似合うだろうと思い、頼みこんで貰ってきた」
「君の意思だった……!」
なんてことだ。頼みこんでって言ったな? あの高いプライドはどこに捨ててきたんだ。
「黒子、人の悪口は言うものじゃないよ」
「う……!」
口に出していないのに、見抜かれた。やっぱり赤司くんにはかなわない。そしてこの人は普段の自分を棚に上げすぎである。
口ごもるボクに、赤司くんはまた「良いか」と口を開いた。
「なにも難しい話ではない。ただこれを着けて『にゃー』とでも言ってくれればオレは満足なんだ」
「赤司くん、ボクの聞き間違いですか? 何だか要求がグレードアップしてる気がするんですけど」
「何なら首輪も用意する」
「すみません、ボクの話聞いて頂けますか?」
事も無げな顔をして言う内容はどんどんと怪しい方向に向かっている。首輪って、君が言うと洒落にならないし、むしろ似合ってて怖い。
「いやなのか?」
「そりゃ、着けなくていいなら着けたくないですよ」
「黒子、これは命令じゃない。恋人としてお願いだ」
「そこまで……?」
なにが彼を掻き立てるのか、赤司くんはいつになく食い下がってくる。猫耳のなにが良いのだろう……何度も言うがボクにはさっぱり分からない。
猫耳カチューシャを手に取り、改めて観察してみた。僅かに灰色がかった薄い水色の毛並みは、なるほど、似合うかどうかは置いておくとしてボクの髪に馴染むだろう。ふわふわと手触りも良く、耳の部分は柔らかい。かわいいはかわいいですけど。
「やっぱり分かりません……」
そこまで言って、ボクはある好奇心に駆られた。もしあれだけ拒否していたボクがいきなりこの猫耳カチューシャを着ければ、赤司くんはどのような反応を返すのだろう。普通に喜ぶのか、それともボクの態度の豹変ぶりに呆気にとられるのか。いずれにせよ、普段見られない彼の姿を見る事が出来るのではないか。
そう思い立ってしまえば行動に移るのは早かった。膝の上で持て余していた猫耳カチューシャを頭に。そして驚きからか少し目を見開いた赤司くんに、満面の笑みで言ってやったのだ。
「赤司くん、どうですにゃ?」
日が射し込み、室内が明るく染まっている。独特の鳴き声に外へ目を向ければ、番いなのか二羽の烏が秋空を羽ばたいていた。
衣擦れの音に室内へと視線を戻す。赤司くんが目を覚ましたみたいだ。定まらない視線をこちらにやったと思えば、勢い良くがばりと体を起こした。しかしまだ貧血気味のようで片手を頭に当てて目眩を堪えている。
「良かった……気がついたんですね。覚えてますか? 赤司くん、貧血で倒れたんです」
あの後、赤司くんは倒れた。ちなみに猫耳カチューシャは赤司くんを頑張ってソファーへ運んですぐに外した。見る人間もいないのだから当たり前である。
(本当に……びっくりした)
確かに普段と違う彼を見たいと思ったのは事実だ。だからといって、あれは驚く。あれも普段見られない赤司くんだと言えばそうなのだけど。