黒バス

□ちいさな恋の日
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今更ながら、やっぱり黄瀬くんはモテる。
そりゃあそうだ。一応モデルだし、顔は良いし、真面目で声も良い。背も高くて、適度な筋肉質な身体、それに何より爽やかだ。

女子からしてみれば、少し頭だけは悪いのも近寄りやすい要因かもしれないし、何より明るくて人懐っこい。
男のボクの目ですら、たまにちょっとかっこいいと思えるのだ。女子にはそれは良く見えるだろう。
分かってる。
だから余計もやもやするんです……!



その日は海常高校バスケ部は練習試合だった。
名目上は偵察ということで、ボクはわざわざ黄瀬くんの試合を見に行ってあげたのだ。
そしたら。

「黄瀬くーん! 頑張ってー!」
「きゃーっ、かっこいー!」

ボクの隣には海常高校の制服を着た女子が何人かいて、ふわふわとスカートを揺らしながらコートに手を振る。
そんな様子に手を振り返す黄瀬くんはいつもと変わらぬ表情でコートに立っていた。

ボクも黄瀬くんを見ていたけど、こんな風に声を掛けたりはしない。
そりゃあしたくないって言ったら嘘だけど、偵察に来ているのに声を掛けて気付かれたりしたら、偵察の意味がない。
それに、いざ試合が始まってしまえば、コートに立っている時は、何も聞こえてこない。
どんな声援も野次も寄せ付けないで、自分の心を身体を揺るがすものは、何もない。
あるのは、目の前のゴールとボール、敵と味方、ただそれだけなのだ。
なんてうつくしい世界なのだろうか。



試合が始まる。
黄色い声援が増し、黄瀬くんが背を伸ばす。
凛としたその姿は、なんて強かなのだろう。自分にはない力が、羨ましい。
放たれる力強さ。あの魅力。黄瀬くんがそこにいるだけで、バスケの世界が色を付けざわめき、活気づく。
彼はバスケに愛されている。



「わっ、またシュート! 黄瀬くんすごーい!」

手を叩いてはしゃぐ女子に、「黄瀬くんはまだ全然本気出してませんよ」と教えてあげたくなる。
黄瀬くんの本気の眼を、ボクは知っている。あの眼で見つめられる胸の鼓動を知っている。
どれだけ女子が騒ごうと、黄瀬くんに惹かれようと、ボクには関係ない。
ボクが知っている黄瀬くんがいる。
それだけで十分だと思うから。







……うん、十分なはず、なんだ。
言い聞かせる。むくりと身体を起こし始めたイラつきだって、きっとカルシウムが足りていないだけだ。



「黄瀬くんって、彼女いないらしいよー?」
「えーまじー? わたし立候補しちゃおっかなぁっ」
「わたしだって黄瀬くん良いよー」
「でもすきな子いるってよく聞くよね! 羨ましー!!」
「そうだよねー!」

へぇー、そうなんですかー。
投げやりに心で相槌を打ってみる。
黄瀬くんの名前が出る度に反応してしまう自分の耳を引きちぎって投げてしまいたくなる。
別に聞きたくて聞いているわけじゃないんだ!


「黄瀬くんって、髪の短い子すきって聞いたことあるー」
「じゃああたし切ろうかなっ」
「あははっ、ばかー」

黄瀬くん、ずっと噂されてますよ。くしゃみ三回くらい出たんじゃないですか。

そんなことを心の中で呟きながらも、「そうなんですか」なんて感心する自分が馬鹿みたいに恥ずかしい。
ボク、短い方に入るのかなとか思ったりなんかしてませんから。



ガコンッ、というゴールの鳴き声に、我に返る。
黄瀬くんがチームメイトと拳をぶつけ合ってベンチに下がっていくのが見えた。
海常には底力がある。逆転負けなんて、ないだろうから。だからもう、大丈夫だろう。





試合終了の空気がすきだ。
悔しさと歓喜がない交ぜになった空気が頬を撫でていく。コートでは役目を終えた空間をしんとした空気が覆い、戦いの終わりを告げていた。
海常の選手が笑顔で走ってくる。勝利に大きさはない。いつだって、勝利の味は格別なのだ。

女の子たちが「きゃーっ、やったー!」なんて手を叩いて喜んでいる。
ボクは立ち上がって、コートに背を向けようとした。女の子達がいるんだ。ボクはもういなくても良いだろう。
一瞬だけ、その青いユニフォームに視線を落とす。そして、「お疲れさまです、黄瀬くん」と呟いた。

不意に、黄瀬くんが顔を上げた。女の子が一斉に声を掛ける。しかし、黄瀬くんはそれには全く無反応だった。
視線はその奥の、ボクの視線と絡み合っている。
ぽっと、胸の奥に何かが灯る。
そして黄瀬くんは女の子たちを完全無視して、「黒子っち! 見に来てくれたんスか!」なんて言った。

女の子たちがえっ、とボクに気付き振り向いた。ちょっと恥ずかしい。


「……黄瀬くんが来て欲しいって言ったんじゃないですか」
「すぐ用意するから、まだ帰っちゃだめッスよ!」
「嫌です帰ります」
「絶対駄目! 超特急で着替えてくるッス!!」




……なんて相変わらずなんだ。
女の子がこそこそと言葉を交わしている。ほらぁ、変に思われちゃったじゃないですか。せっかく人気あるのに、もったいない。

そんなことを思いつつも、ボクの心はなぜか、ひどく温かくなっていた。
明かりが灯ったように、辺りを煌めかせる。
満足とか充実とか、そういった類の感情とは少し違うこの気持ちは、何なのだろう。

黄瀬くんなら……、そんな声がした。
黄瀬くんは、その気持ちの名前を、知っている気がした。









「黄瀬くんってやっぱりモテるんですね」
「うん。でも、いらない」
「なんでですか?」
「オレは黒子っちにモテたいッス」
「……モッテモテです」
「黒子っち! すき!!」






end

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