黒バス

□君色ドラッグ
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「三十八度二分。……完全に風邪だな」
 
 電子音を立てた体温計を見ながら、赤司くんが大きな溜め息を落とした。

「……すみません」



 熱のせいか、頭がぼーっとする。
赤司くんがお見舞いに来てくれたけれど、その顔はむすっとしていてとても不機嫌そうで、ボクもボクで彼の機嫌を取れる程の元気がない。



「前々から怠そうにしてただろ。何でもっと早く医者にかからなかったんだ」

 ぱこん、と体温計をケースにしまう。その赤司くんの手がボクの額に伸び、温くなった濡れタオルを取り替えてくれた。
 冷たいそれが気持ちいい。


「すぐ治ると思ったんです、最近身体強くなった気もしてました」
「なってないだろ」
「……ちょっと位なってます」
「黒子、そんな所意地張っても仕方ない」

 赤司くんの呆れた声がするけれど、それに言葉を返す力もない。ぐうと口篭っていると、乱れた布団を直して赤司くんが言った。

「とにかく、きょうはゆっくり体を休めて、早く良くなれ。命令!」
「わっ!?」

 タオルと同じくらい冷たい手が目元を覆って、びっくりして声を上げる。
……そうだ、赤司くん。大事な手をこんなに冷たくして、ボクの為にタオルを搾ってくれてた。
 こういう、ふとした瞬間に見える彼の優しさがとんでもなくすきだった。


「そう言えば薬は飲んだのか?」
「あ、いえ……」
「何か食べた?」
「……ちょっと、だけ」
「じゃあ飲まなきゃだめだろ」

 赤司くんが机の上にある薬瓶に手を伸ばす。そこから三錠、丸い錠剤を取り出した。「ありがとうございます」と手を伸ばす。しかし、その手に薬は渡されず、首を傾げると、赤司くんはそれを自分の口に放り込んでしまった。

「な、なにしてるんですか、赤司くん」
「大丈夫大丈夫。大人しくしろ」

 大丈夫じゃなさそうな笑顔で距離を詰めてくる。正直めっちゃ逃げたい。
だけど熱に苛まされた身体は言うことを聞いてくれなくて、起き上がることすら困難だ。何をされるのかとまったく掴めないまま、視線をうろうろさせていると、赤司くんが口に水を含んでいた。
 そしてまた、ずいっと距離が縮まって、赤司くんがボクに跨るみたいな体制になる。細い指がボクの顎を掴んだ。

「あああああ、赤司くん……なに……」

 赤い綺麗な双眸が、にっこりと細められる。ああもういやな予感しかしない。

「んっー……!」
「……ん、」

 唇が塞がれて、歯列をこじ開けられて、赤司くんの口から、ぬるい水と薬が流れ込んできた。少しでも口を開いたら零れてしまう。だから、息も絶え絶え必死になって、やっとの思いでそれを飲み干した。
 力のまったく入らない手で、赤司くんの胸をたたくと、やっと唇が離れた。


「う、けほっ、はぁ、は……」
「ふぅ……。な? 上手くいっただろ」

 なにが『な?』だ。いってない。全然上手くいってない。息は切れるし、身体中が熱いし、心臓は早鐘の様に脈打っている。

「水、ぬるくなってるから変えに行ってくる。寝てて良いからな」
「ね、寝れません……!」

 洗面器を持って出て行く後ろ姿を睨み付ける。一瞬見えた横顔が笑っていた気がして、余計に胸が熱くなった。
寝てて良いって、あんなことされて、寝られるわけがないだろう。
 あれで一気に熱が上がったに違いない。

 身体は凄く辛くて、なのに心臓はドキドキ言いっぱなしで、苦しくて苦しくて仕方ない。






「全部赤司くんのせいです……」

 少しして戻ってきた彼に悪態を吐く。
話すのも辛いんだから、もうそっとしておいてほしい。ゆっくり休めと命令したのは誰だ。


「人のせいにするのはよくないよ」

 いや、明らかに君のせいだろう。とは言えなかった。また、さっきみたいに冷たい手のひらが、視界を覆ったから。



「……寝ていいよ、黒子。そっちの方が、お前も楽だろう?」
「……、はい……」

 優しい声に眠気を誘われ、途端に重くなった瞼が開けていられなくなる。
 なんだかんだでボクはやっぱり、この人がすきなんだ。
 まだドキドキと波打つ心臓も煩いけれど、少し落ち着いた身体には、これはこれで心地いいのかもしれない。
 薄闇の中で夢の誘惑に必死に逆らいながら、ボクは見えない赤司くんの袖を引いた。

「赤司くん……」
「……何?」

 無愛想だけど、温かな声。

「……ボクが寝ちゃっても、そこにいてくれますか……?」

 我が儘言ってしまった。
 怒られるかな? 呆れられるかな?
 言ってしまってから若干の後悔を覚えたけれど、赤司くんの返答は、良い意味でボクの予想を裏切ってくれた。


「……いいよ。ずっと、黒子の傍にいる」


 だから、お休み。




 唇に柔らかなものが押し当てられ、彼の手のひらの下で小さく微笑む。
 とうとう下りてしまった瞼の向こう。赤司くんも笑っていてくれればと、そんなことを思いながら、ボクは静かに眠りに落ちた。







君色ドラッグ
君色ドラッグ






 やがてすうすうと規則正しい寝息が聞こえてきて、オレは彼が目を覚ましてしまわないようそっと手を放す。
 安心しきっているのか、それとも元からこうなのか。黒子の寝顔はとても無防備で、まるで子供のようだった。


(……信頼されてると、自惚れても良いんだろうか)


 の寝顔を見詰めながら、どこかくすぐったい気持ちで考えた。
こ いつは直ぐに無理をしてしまうから、何時か倒れでもするのではないかと前々から危惧していた。

 今回風邪を引いたのは、ある意味では良かったかもしれない。この機会に、しっかり休養を取ってほしいものだ。


「……お休み、黒子」

 目元に掛かる前髪をさらりと撫でて、オレはその唇に小さく口付けた。












end

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