黒バス

□ミチシルベ
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急に呼び出したりして、一体何なのだろう。

いつもいつも人のことを振り回して、ボクはいつも振り回されてばかりで、それでもなお君と居るボクは多分、どうかしている。

どうかしていると思うくらい、君がすきなんだよ。多分。


「テーツッ」
「青峰くん、何時だと思ってるんです」
「あはは、わりぃ」

もう日付は先程変わり、そんな中を中学生がふらふらしているのなんて、見付かったら深夜徘徊で捕まる。そんな事になってしまったら赤司くんだって黙ってはいないだろう。
そんなことは分かってたけれど、ほんとボクって、青峰くんに甘い。

大して悪かったと思っていない様子で、青峰くんが笑う。
その笑顔でちょっと許した気持ちになったのは、ボクの心の中だけの秘密だ。




周りを見回す。
見事な夜の暗闇に、風景が同化している。分かるのは、ぼんやりと白く浮かぶ校舎くらいで、グラウンドなんて、何も無いみたいだ。

ここは見慣れた帝光中学校。
分からないのは、どうしてこんな時間に学校なんかに連れて来るんだってことだ。
「青峰くん」と声を掛ける。


「あ?」
「こんな時間に、何の用ですか」
「ああ」


にや、と青峰くんが笑う。その表情すらも、闇に溶けてしまいそうだ。不意に、手首を掴まれる。
何、と尋ねるより早く、強い力で引かれて走り出す。


「ちょっ、青峰くんっ」
「テツ、ついてこいっ」

温かい掌に導かれて夜を駆ける。
いつもと違った顔をしたグラウンドを横切り、薄汚れた校舎を抜け、敷地の端へと近付いて行く。

いきなり目の前に広がったフェンスを、青峰くんが呼ぶから一緒に登る。
そして、フェンスを越えて、落ち着こうとしたら、また青峰くんに引っ張られて。
バランスを崩し、そのままフェンスの上から落下する。


「わっ」


驚いて出た声。
眼前に広がる海。
ボク達は重力に従って、同時にプールの中に落ちた。


「……ばか」
「はははっ、でもちょっと面白かっただろ?」

そう笑ってみせる青峰くんに、頬が緩む。
なぜだか分からないけど、身体中がざわざわと騒いで大声を出したい衝動に駆られる。
しかし、時間を考えると迷惑極まりないと思い、声を飲み下す。そして、腹いせに青峰くんのにやけ面に思いっきり手元の水をぶっかけた。

「ぶっ」

もろに顔面に水を受け、青峰くんが仰け反る。その様に笑う。
すると、仕返しと言わんばかりに、青峰くんが水を掛けてきた。見事に被る。

「ぶっ、……なにするんです」
「テツが先にやったんだろ」
「ボクはムカついたからです」

もう一度、青峰くんに水を当てる。
また返される。
その繰り返しがひどく楽しくて、時間なんて気にせずに、子供みたいに水を掛け合った。青峰くんの大きな笑声が、プールに響く。





どれくらい、そうしていただろう。
いい加減に互いに疲れて、脱力してぷかりと、水面に浮かぶ。

頭上で、星が瞬いている。雲は無い。月が丸い。

ああ、星って、こんなにたくさんあったんだ。

ぽつりと思った。


一つ一つ、違う輝きを宿している。まるで、人みたいだ。
ちらりと、横目で青峰くんを見る。彼もボクと同じ様にして、空を仰いでいた。
この人は、ひときわ眩しい。
たくさんたくさんある中で、ボクには一番眩しく見える。一番に、ボクの瞳に届いてくる。
それが、青峰くんなんだ。



そっと、掌を握られる。
プールの底に足をつき、青峰くんと向かい合う。じんじんと、繋いだ手から温もりが伝わってくる。

ずっと何も言わずに青峰くんがボクを見ているから、少し首を傾げる。それでも、彼は黙ったままだ。深蒼の髪から伝う水滴が、褐色の頬を滑っていく。水に浸かって色を微かに奪われた唇は動かない。

月の柔らかい光だけが、二人を包む。
真っ直ぐな視線に、少しどきりとする。



「青峰くん?」

誤魔化す様に呼ぶと、急に青峰くんの身体がボクの方へと倒れ込んできた。

驚いて、思わず抱き留める。
ぎゅう、と強く強く抱き締められる。

青峰くんの体温が、冷えてきていたボクの体温を上げる。心臓が激しく波打つ。
口を開いたら心臓が口から飛び出してしまいそうで、震える唇を閉ざす。


背中にまわされた掌が、肩と腰を引き寄せた。

髪から冷たい雫が落ちてきて、少しだけ、ボクを落ち着かせる。
青峰くんの息遣いが、耳元に在る。
青峰くんの胸に頬を預ける。


ああ、どうかずっと、このままで……、なんて馬鹿な願い事をしてみる。

ずっと、こうして抱き締めていてほしい。
青峰くんのものだって、伝えていてほしい。
そばに居るんだって、教えていてほしい。

我が儘だと思う。だけど、どうしても離れたくないと願う自分が居て、嘆息が漏れた。

髪も声も唇も指先も、全部全部全部、たまらないくらい、すきだ。


ゆっくりと、熱が離れる。
自然と、見つめ合う。
青峰くんが瞼を閉じたから、ボクも閉じた。
頬に掛かる指先が、唇をなぞる。くすぐったくて目を開けた瞬間に、唇が重なった。

目の前に、大すきな顔が在る。
大すきな、人が居る。
それだけで、もう、良くて。


「テツ、あったけえ」

ぎゅっと、もう一度抱き締められる。
その背に手をまわし、濡れた服を掴む。思い切り、握り締める。

そうしながらもう離したくないと思った。もう離さないと決めた。



火照る身体と、揺れる水面と、柔らかい月と、穏やかな夜空。

世界で一番、大切な人。

遠い夜の景色も思いも、何一つ薄れず、今も確かに、ここに在る。

今も、ずっと。そしてこれからも、ずっとずっと。
ずっとずっと、ずっと。






「すきですよ。……青峰くん」














「テツ? 何笑ってんの?」
「ふふ、別に」
「……何だよ」
「何でもないですよ」




微笑む。
青峰くん。
あの日の温度を、夢に見たんだ。
それはそれは、温かい。






 * * *



あとがき
ちょっと解説。←
最後のとこは、青峰改心後の高校生で、話は全部黒子の回想だったみたいな感じです。分かりにくくてすみません。

夜にプールに忍び込むのは、私の永遠の夢です。


ここまで読んで下さった方、ありがとうございました!


 

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