黒バス

□芽吹く、未来の
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「黒子っちー!」
「黄瀬くん」



階段の手摺に肘を預け、中腰で眼前の海を眺めていた黒子は、呼び掛けに振り向いた。

黄瀬が両手にストローの付いたカップを持ちながら走って来る。
黒子は手摺から離れ、黄瀬の方に一歩踏み出した。


「どっち飲む?」
「黄瀬くんはどっちが欲しいんですか?」
「俺は黒子っちに聞いてんの」
「じゃあ右」
「はいっス」


黄瀬の手からジュースを受け取る。透明カップで透ける色からして、オレンジだろうと予想する。
ちなみに黄瀬の手に残されたのは、黒。
コーヒーかコーラか。

黄瀬のジュースを見た時に、チラリと彼のシャツに目が行く。

「ぶっ!」
「なっ、黒子っち!?」
「黄瀬くん……」
「何スか!」

黒子が黄瀬のシャツの裾を引っ張る。

「黄瀬くんの服裏表逆です」
「えっ、マジ!?」

黄瀬が背を見ようと身体を捩る。黒子はそれに含み笑いを漏らしながら首の後ろのタグを引っ張り、見せてやる。

「本当ですよ、ばかですね」
「ばかじゃないっス! あ、黒子っちも逆」
「じゃないですから。ほら、早く着替えて来て下さいよ」
「えっ、別に良いじゃないッスか。黒子っちと居られる時間が勿体無いッス!」
「恥ずかしいでしょう! モデルのくせにほんと可笑しい……」
「黒子っち、ちょっとプルプルし過ぎじゃないッスか!?」
「く、すみません……っ」

黄瀬が黒子の腕を掴む。

「着替えて来るから、これ持ってて!」
「はいはい」

黄瀬の手からジュースを受け取り、後ろ姿を見送る。
さて、この黒い液体の正体を暴こうじゃないか。





黒子と黄瀬の二人は休日を利用して、臨海公園に来ていた。
メールをやり取りしている内に、きょうはたまには一緒に遊びに行くかという話になり、こうして会っているのだ。

元チームメイトとは言え今やお互い新たな仲間と共に歩んでいる身だ。
だけどそれでも、同じ苦労や喜びを分かち合うことも出来るし、色々話してみたいこともあった。
こうやって会うことはきっと、有意義なものだと言える筈だ。



(……それだけじゃ、ないんだけどな)
黒子は小さい吐息を吐き出した。そして、先程見送った背中を瞼の裏に甦らせる。


メールを交換していた時も、交わした会話の中でも感じた、心地好さ。気を許せる安心感。
一緒に居ると、急に胸が熱くなったりもする。動悸がしたこともあった。


みんなとの間には無かった何かが、黄瀬との間には在る、そう感じた。


しかしその何かが掴めなくて、黒子は悩み続けて居るのだ。




さて。黄瀬から渡された黒い液体に目を落とす。

……無臭。何なんだ、これ? 予想はコーヒーかコーラ。大穴でゴマ関連。
気になって、黒子はストローに口を付け、一気に吸い上げた。

「ゲホッ! 何これ……!」

思いっ切りむせる。
すっ、酸っぱいいい……!

「あー! 黒子っち! なに人の勝手に飲んでんスか!」

黄瀬が笑いながら戻って来る。なんで笑ってるかなんて、知りたくもない。

「ゲホッ、黄瀬くん、何ですこれ!」
「ふふふ、何だと思う?」
「分かんないから聞いてるんですっ」

黄瀬が満足そうにふふん、と鼻を鳴らす。くそう、絶対変なものだ。

漸くむせたのが治まり、息が楽になった。まだ喉がいがいがする。

黒子が顔をしかめて黄瀬に黒くて酸っぱい液体の入ったカップを返し、口直しにオレンジジュースで喉を潤す。

「これ、グーズベリー」
「グーズベリー……?」
「所謂カシス」
「何でわざわざそんなの買うんです」
「黒子っちがこうやって試し飲みしてくれると思って」
「最低……」
「味は?」
「酸っぱい」
「知ってる。……他には?」
「黒い」
「見た目の話じゃなくて」
「君が飲めば早いじゃないですか!」

カップを掴んで黄瀬の口の中に絞り出す。その瞬間、黄瀬が奇声を発するもんだから、その様子に笑う。


「う、ゲホゲホッ、黒子っち!」
「味は?」
「仕返しッスか!」
「黄瀬くんが先に言わないからいけないんですよ」
「あ」
「……なに」


黄瀬が悪戯を思い付いた子供の様に、無邪気で楽しそうな笑みをする。
そして、にひひと笑って、

「黒子っちと間接チュー」
「……そういうのは彼女とやって下さい」
「黒子っち冷たい! そんな子にはジュースあげないッスよ?」


黄瀬の手に引かれ、ジュースのカップを掴んだまま、引き寄せられる。

「わ、ちょ……っ」
「もーらい」

黄瀬が黒子のジュースを飲む。ああっ、貴重な正常なオレンジが。

「黄瀬くんっ、そっちのカシス飲んで下さいよ! 終わんないでしょ」
「ははっ、またまた黒子っちと間接キッスしちゃった」
「黄瀬くんうざい。ほら、そっちの飲んであげるから、貸して下さい」

黄瀬の手を引き、ジュースを奪う。
飲もうとストローに唇を付けた瞬間、「おおっ、黒子っちからキス!」なんて黄瀬がふざけるもんだから、ジュースが気管に入って、またむせた。

中学のときからそうだ。なんでこういうことを、男の自分に恥ずかし気も無く言えるのか、不思議だ。
黄瀬=変な奴という方程式が既に完成している。

黒子が咳を吐き出していると、黄瀬が背をさすってくれた。
少しだけ、見直す。
おちゃらけているだけの人ではないんだ。こうやって、ちゃんと人を支えたり、手を貸すことも自然に出来る人なんだ。


――どき。

胸が一回だけ、いつもと違う音を立てた。
黒子は首を捻り、それでもその心音の意味が分からなくて、考えるのをやめた。

(別に、咳が止まって、黄瀬くんの手が離れたのを、寂しく思ったりなんて、していないから)




 
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