ふぉー
□小さな魔法
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*WC、誠凛と海常の試合後
あなたには、悲しい時にそばにいてくれる人がいるだろうか。
あなたには、辛い時に背中を叩いてくれる仲間がいるだろうか。
あなたには、寂しい時に手を握ってくれる友がいるだろうか。
あなたには、悲しくて辛くて寂しくて、どうしようもないときに名前を読んでくれる、大切な一人がいるだろうか。
「黄瀬」
布団に潜ったまま、オレは首を振った。近くで、吐息が聞こえた。でも、どうしても、今は彼に顔を見せたくなかった。
笠松先輩。
彼は、オレの「たった一人」だ。
先輩にだけは弱った姿を見られたくなかったし、先輩の前でだけは、強い黄瀬涼太でいたかった。
「……足、大丈夫か」
囁くような声がした。先輩がわざわざこうしてオレの部屋にまで来てくれたのは、そのことのせいだろうということくらい、分かった。だから顔を隠した。
高校一年のバスケが終わった。
先輩たちと日本一になるんだとようやく団結できたあの頃に、戻れるものなら戻りたい。そうして、また一年かけて力を付けて、それで……。
「お前らしくねえぞ。いつまで、そうやってるつもりだ」
「……先輩が帰るまでっス」
「あっそ」
そんな返事をしながらも、先輩が帰る様子は伝わってこなかった。本当は、笠松先輩が来てくれてうれしい。うれしいさ、そりゃあ。
でも、もう疲れた。記者のインタビューとか、カメラのフラッシュとか、もう疲れた。
そっとしておいてくれと言いたくても、オレよりもずっとずっと悔しかったであろう先輩方が涙を拭って立ち上がるから、オレが投げ出すわけにいかない。
一番悔しいのは、オレじゃない。でも、オレだって悔しかったんだ。
まだ、あのコートに居たかった。
このチームでまだ戦っていたかった。
それがもう二度と叶わないと思ったら、腹の中がぐちゃぐちゃになって、熱くなって、顔がむくんでいる。
――と、不意に、布団を引っペがされる。
びっくりして顔を上げれば、先輩がオレから取り上げた布団を抱えたまま、無表情で「おっす」なんて言う。
「先輩……」
「なんだ、むかついたなら怒れよ」
「…………」
「ひっでぇ顔。頭ぼさぼさじゃねえか、ジャージだしよ。お前はそれでも黄瀬涼太か」
言い返したくても、言い返す言葉が見つからない。だって、先輩の言うとおりなんだから。
情けない顔して、頭ぼさぼさで、一日中よれたジャージでごろごろとふて腐れているような奴なんだから。
今のオレは、みんなが望むような黄瀬涼太じゃない。だって今オレは、人目を気にするモデルでもないし、コートにも立っていないんだ。
あの場所でのオレと、今のオレは別人だ。
みんながいてほしいと思う海常のエースは、オレじゃなくて、コート上の黄瀬涼太だ。
「……言い返さねえのか」
「……いいっスよ、先輩の言ったとおりっスから」
「それでも俺は、お前を励ますぞ」
「……なんでっスか」
「俺がすきになったのは、モデルの黄瀬涼太じゃなければ、コート上の黄瀬涼太でもなくて、足怪我して負けてうじうじして頭ぼさぼさでジャージで引きこもってるような黄瀬涼太だからだ」
なんだそれ、と笑いそうになった。
ちょっとだけ苦笑したら、照れたような顔でそっぽを向かれた。
(うれしいな)
オレを見てくれる人がいてうれしい。
それが笠松先輩で、うれしい。
負けて悔しい。負けて悲しい。負けて寂しい。
それでも、たった一人でも、オレを励まし続けてくれる人がいる。
エースじゃなくても、選手じゃなくても、モデルじゃなくても、ただの高一の黄瀬涼太でも、すきだと言ってくれる一人がいる。それがこんなにも心強くて、それがこんなにも、オレを奮い立たせてくれる。
ベッドの上で立ち上がる。先輩が驚いた顔で見上げてきて、思わず高いところから先輩の身体を抱きしめた。
「おいっ、ちょ、なにす……!」
焦ったみたいな声に、思わず口元が緩む。多分顔なんか真っ赤になってるんだろう。
ベッドの上に乗っているオレは、身長だって余裕で二メートル超えしていて、先輩の肩にのしかかるみたいにくっついている。端から見たら相当変な体制なんだろうと思う。若干首も痛い。
それでも、ぎゅうっとその肩を抱きしめる。先輩の匂いを、いっぱいに吸い込む。
「ばっ、黄瀬……!」
「すきなんスよね、オレのことっ! それならいいじゃないっスか」
「そういう問題じゃねえよ!!」
なんて聞こえてきたけれど、オレの背中に回ってきた手がやさしくて、もっと先輩がすきになる。
オレを心配してくれる先輩がすきだ。
オレの名前を呼ぶ先輩がすきだ。
オレを立たせてくれる先輩がすきだ。
オレの側にいてくれる先輩が好きだ。
落ち込んで、崩れて、自分じゃいられなくなってしまいそうなときに、叱ってくれる先輩がすきだ。
コート上のオレじゃなく、黄瀬涼太の全部の顔を受け入れてくれる先輩がすきだ。
オレをすきだと言ってくれる先輩がすきだ。大すきだ。
「先輩、」
「……んだよ」
「大すき」
「……知ってる」
知ってる、と腰をぽんぽん、とたたいてくれる。小さな振動が、あやしてくれるみたいでちょっと笑う。やっぱり年上だ。笑ってしまう。
先輩が会いに来てくれた。
オレと一緒に、高校生活のバスケの終わりを迎えてくれた。
悔しい気持ちは消えたりしない。
悲しみも辛さも寂しさも、絶対に忘れることなんて出来ない。
でも、それでも、先輩のあたたかさが今ここにあること。それだけで、また立ち上がれる。
「お前だけが悔しいと思ってんじゃねえぞ」
はい、と返事をする。
「みんな、この一年をお前に懸けたんだからな」
「……はい」
「ありがとな」
「……先輩、お疲れ様……」
悔しいのは、オレだけじゃない。
チームメイトが、海常高校バスケ部が下してきたチーム達が、応援してくれた人達が、テレビの向こうの人たちが、同じ気持ちを味わっている。
たった六人から広がって、小さなコートから始まって、たくさんの人たちが繋がっていく。それって、すごいことだと思うから。
「あと二年、がんばるっスよ」
先輩たちの分まで、オレががんばるよ。
忘れるんじゃない。オレたちの試合を観て、何かを感じてくれた全員の気持ちを全部背負ったままで、オレは勝ち続けてみせる。
「あたりめーだ、ばかやろう」
オレの肩口から顔を上げて笑った笠松先輩が、思わずキスしちゃいたいくらい愛おしくて。
「……おいっ、ばか! んっ!」
一人になったベッドの上で、ほっぺたはジンジンと痛むけれど、立ち上がったオレの両足は、コート上の黄瀬涼太のように、まっすぐ先を見つめていた。
先輩にいいとこ見せてやれ、オレ。
小さな魔法
* * * * *
「それで? 笠松に励まされて、お前は元気百倍か」
「はい! オレ来年ぜったいインターハイもWCも優勝するんで、森山先輩、大船に乗ったつもりでいてください!」
「……ったく。お前のその自信はどこから出てくんだよ……」
元、を付けるにはまだ胸が痛くなるけれど、元チームメイトがみんな笑ってくれたから、オレはまた笑って、世界の中心に立てるんだ。
先輩への「ありがとう」は、来年オレが先輩の前で優勝を飾るときまで、大事に大事にとっておこう。
***
遅くなってごめんなさい!いつもお世話になってるるいちゃんへ!