ふぉー
□盲目サーチライト
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オレはそれほど気が長い人間ではない、自覚している。更に愛しい彼に関しては特に過敏になってしまい、例えば黄色い犬が彼に抱きつこうものなら、引き剥がしてドブ川に蹴落としてやりたくなるし、例えばガングロが彼のシャツに手を突っ込み白い肌に触れようものなら、襟首をひっ掴んでバスケットゴール目掛けてぶん投げ叩き込んでやろうかと思うし、例えば占い眼鏡がお得意のツンデレを巧みに使い、怪しげなアイテム片手に彼に近寄り構って貰おうとしようものなら、肩に手を置き、オレの出せる限りの低い声で脅してやろうと思う。
しかしあの無邪気な巨人はどうしたものか。オレの愛しい黒子テツヤにぺったりとくっつき、小さな頭の上でサクサクサクサク菓子を貪っている。
「紫原くん、頭に食べかす落とすのやめてください」
「あれー、落ちてたー? ごめーん」
「どうしてぎゅってするんですか」
「だって黒ちん抱き心地いいしさー、俺、黒ちんすきだよ」
長く大きな腕でぎゅうぎゅうと黒子の小さな身体を抱き締める紫原。おいやめろ黒子が潰れてしまうそもそも黒子お前はオレの恋人だろいくら一番無害な紫原と言えどもくっつきすぎじゃないのか……!
腹の中で沸々と煮えくり返る得体の知れないどす黒い感情が体内を満たしていく。ああ、なんて居心地の悪い。
「黒ちん、これおいしいよー。一袋あげる」
「ありがとうございます。今は練習したいので、後で頂きますね」
「じゃー俺も練習しよっと。黒ちん、これポケット入れときなよ。よいしょ」
「わっ、おしり触んないで下さい」
「おしりのポケットに入れようかと思って」
「どうしてそこのチョイスですか、潰れてしまいます」
「あ、そっか」
……もしかしてわざとじゃないのか、あいつ。もしそうだとしたら、どうやらオレの認識は間違っていたようだ。なにが無邪気だ、邪気いっぱいだ。
「黒ちん、それね、何味だと思う?」
「……白いからミルクですか」
「ブー、正解は期間限定バニラシェイク味」
「えっ」
途端に目を煌めかせ、ポケットのお菓子を取り出す黒子。然して気にしていなかったその袋をまじまじと見つめ、藍玉色の瞳をきらきらと輝かせた。
こら、食べ物に釣られるな。ああ、そんな愛らしい表情に無防備な姿でべったりと……。
「さすが紫原くん、お菓子のプロフェッショナル、ありがとうございます」
「うん、いいよー。てか黒ちんと食べようと思って買ったんだし」
「どこに売ってるんですか?」
「一緒に買いに行く?」
「はい、是非」
あ、付いてます、と付け加えて、紫原の口元の食べかすを細い指で弾く黒子。視界の暴力だ。限界だった。
黒子は何よりも誰よりもオレを思っている。オレはしっかりと愛されている。分かってる、分かってるんだ、そんな事は。
だから、今更紫原に邪魔されたところでこの恋の支障になるとは思っていない。そもそもあいつの黒子に対する好意は目に見えて分かるものの、オレに従順で逆らうことは考えられないし、スキンシップは他の連中に比べればかわいいものだ。出来るだけ、我慢するつもりだった。
部活も終わり、今残って練習しているのは、青峰と、それを追い回す黄瀬、黙々とシュート練習に励む緑間、そして黒子と紫原だけ。
腕で額の汗を拭い、深く息を吐く。
少し頭を冷やした方が良いのかもしれない。こいつ達ももう帰るだろうが、きょうは一足先に一人で帰ろう。
そう思って体育館を後にする。
「赤司くん、あがりですか」
……なんて目敏い奴だ。ああ、と短く返して、振り向きもせず進む。
悪いが今は、こんな苦い感情を抱いたまま、大すきな黒子といたくない。
小走りでオレの隣に辿り着いた彼は、ポケットから先程紫原に貰った菓子を取り出し、「たべますか?」と問いかけてきた。
「いらない」
「めっちゃ美味しいですよ」
「ふうん」
顔の陰りを黒子に悟られたくなくて、なるべく目を合わせない様に逸らした。黒子は上機嫌でオレの様子をあまり気にしていなかったのが、せめてもの救いだった。
歩を進める。黒子が早歩きでついてくる。
よほど紫原に貰った菓子が嬉しかったのか、幸せそうに、無表情を少し緩めて。
チリ。
チリ。チリ。
胸が変な音を立てた。何かが焦げる様な、何かが失われていく様な、細い音。
焦げ臭い。ありもしない臭いを嗅いだ気がした。そして大切な恋人を見ると、沸々と熱い何かがオレを満たしていく。
ドアを開け、先に黒子を部室内へと促した。オレに頭を下げて入った黒子が振り返る。オレは、ドアから一歩だけ部室に入って、背後で戸を閉めた。
「……赤司くん?」
何も言わずに突っ立っているオレを疑問に感じたのか、黒子が近付いて来る。
オレは、ドアの鍵をカチリ、と閉めた。
「っ、赤司くん!?」
黒子の腕を掴んで椅子の方へ連れて行き、押し倒す。
「っ……」
固い椅子に倒れた衝撃で、黒子が声を漏らした。黒子の首筋に唇を這わせる。
「あ……っ、赤司くんっ」
黒子がオレの肩を押して離そうとする。だけどそんなの、無駄な抵抗だ。
右手を黒子の服の中に入れ、胸に触れる。唇は鎖骨を嘗める。
「や、やだっ、赤司くん! 離して下さい!」
「…………っ黒子……」
大きな瞳の縁に涙を浮かべた黒子と目が合って、オレの肩を押しやる手が震えている事に気付き、ゆるりと身体を離す。
荒い呼吸音が、薄暗い密室に積もっていく。
黒子が息を吸う。乾いた喉が鳴り、声に変わる。
「赤司くん、どうしたんですか……。きょうの君、変です」
黒子の瞳はもう警戒の色を消していて、オレを気遣うものに変わっている。
黒子の冷えた掌が、頬に触れる。
オレは、黒子の手を振り払った。驚いた黒子の顔。それでも、その瞳に怯えは無い。
「あかし……くん……?」
オレを呼ぶ甘い声が、何故だか無性に腹立たしくて。
「……お前が鈍くて、本当に困る」
「え……」
「紫原と随分仲が良かったじゃないか。あいつが相手だからとオレがせっかく身を引いて見逃そうと思っていたのに、お前はこうして無神経にオレに寄って来る」
心に巣くう黒い靄を払ってしまいたくて、見逃してやるはずだったのに、オレの中だけで消化してしまうつもりだったのに。つくづくばかな奴だ。
傍らのカバンを掴み、部室から出た。