ふぉー

□不意打ちhero!
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突然青峰くんに会いたくなる辺り、ボクはもうかなり青峰くんに依存しているのかもしれない。





「なんで来ちゃったのかな、ボク」

桐皇学園正門前。
きょうは久々に部活が無かったから、時間に余裕が出来た。家に帰って読書でもしようかと思ったけれど、なぜだか不意に、途轍もなく青峰くんに会いたくなった。
そしたら居ても立ってもいられなくなって、来てしまったのだ。

校門に辿り着いて理性を取り戻し、身体に残る倦怠感に溜め息を吐く。


(全く、何やってんだ)
そう思った。けど帰ろうとは考えなかった。せっかく来たなら、やっぱり会いたいからだ。
そして待つこと約二十分。
少しずつ空が暗くなってくると、部活を終えた生徒達が、下校を始めた。
他校の制服を着て門の真ん前に立っていても、誰もボクに気を止めることなく過ぎ去っていく。
早く青峰くん来ないかな……。


校門の横の石壁に背を預け、荷物を下ろす。目を瞑って小さく息を吐く。
待つのは嫌いじゃないけれど、退屈するのは時間を無駄にするみたいで嫌だ。こんな時に限って、本も忘れてきてしまった。

青峰くんのことでも考えてれば、時間なんてあっという間だけど、なんて恥ずかしいから絶対思っていないんだと一人で頷いた。


「あれっ、あんたどこの学校?」

不意に声をかけられた。目を開けてみると、髪を茶色に染めた青年と、その後ろに如何にも柄の悪そうな二人の青年がボクを見ていた。
何だ、この人達。嫌な目をしている。


「かわいいねー。ねえ、何て名前?」

茶色頭がボクに近付いて来て、ボクの耳の横に掌をついた。少し睨んで牽制してみるが、全く怯む様子は無い。ボクは面倒になって、無視を決め込むことにした。

「……」
「おい、何とか言えよ」


黙っていたら、顔を近付けられた。虫酸が走る。
君じゃなくて、ボクは青峰くんの顔が見たいんですけど、なんて言ったら、彼等は、どんな顔するだろうか。
想像したら可笑しくて、思わず笑いが零れた。


「ああ? 何笑ってんの?」
「笑った顔もかーわいいねえ」

見下されたと思ったらしい三人は、ボクに絡み付く様に寄って来る。
茶色頭がボクの腕を引いて、壁から離す。
その隙に一人がボクの背後から背に、もう一人がボクの腰に手を巻き付けた。

少し面倒なことになってきたようだ。喉まで這い上がって来たため息を飲み下す。
ボクは無言のまま、前と横に絡む男を睨んだ。

「おー恐い」

茶色頭がふざける。勘に障る言い方だったが、こんな低レベルな挑発に乗る程、ボクは安くない。

それにしても、腰にまわされた手が下がって来ているのは気のせいだろうか。外腿を撫でられる様に触られて、気持ちが悪い。

どうしてこういう時に人が通らないんだ、とやりどころの無い苛立ちが募る。
急に、背後に居た男が両肩を掴んだ。
背筋を寒気が走り抜け、ボクは反射的にその手を振り退けた。

「触んないで下さい!」


ぞっとして、思わず叫ぶ。それに驚いた背後の男が、一歩後ずさる。腰が置かれた手は離れる。
茶色頭以外の二人は怯んでいる。しかし、前の男だけが、口元に笑みを讃えている。嫌な予感がした。
手を振り払ったせいで、体勢が崩れかける。
そこに、前方の茶色頭が右腕を強く引くもんだから、ボクは足が絡んで、その場に膝をついた。
さっき触れられた右肩を庇う様に、左手で掴む。見上げると、三人の男が笑っていた。


(……やばいかも)
今になって漸く、危険意識が芽生える。青峰くんに鈍感だと言われても仕方が無い。睨め上げると、茶色頭が鼻で笑い、ボクの顎を指で挟んで上げさせる。

どうしようも無くて、ただ思い切り睨む。その行為さえも、男は笑って一蹴する。
不安が膨れ上がってくる。胸の奥でもやもやと気持ちの悪い何かが渦巻く。
前の男がにやけたその口を開く。

「お前、黒子だろ」
「だから何ですか」
「やっぱりな。青峰に会いに来たのか」
「君達に何の関係があるんです」
「関係、ね」

今までにやついていた男の顔が、一瞬で全ての表情を無くす。無表情で発せられる言葉は、ただただ冷たい。

「オレ等は、青峰のせいでバスケやめたんだぜ」
「青峰くんの、せい……?」


どういう意味だ?
話す男以外の二人も表情を消し、俯き加減だ。男は冷えた声で続ける。


「あいつが入部して来たから、オレ等の居場所は無くなった。あいつ、キセキの世代だか何だか知らねえけど、一年のくせに生意気でよ。好き勝手やりやがって。オレ等はずっと監督の言うことをちゃんと聞いてきたんだ。それなのに、あいつはどうだよ。監督の言うことなんて関係ねえって顔してすきにバスケして、ふざけんなだよなあ! 今までのオレ等馬鹿みてえだろ!」


男達の怒りが、ひしひしと伝わってくる。
この人達は、バスケがすきだったんだ。
きっとボールを触るのが楽しくて仕方無くて、走るのも投げるのも、すごくすきだったんだ。
監督に言われたメニューをなぞるだけの練習だって、きっとすきだったから堪えられていたんじゃないのか。
弱くたって、すきだから続けていられたのではないのか。

それを、青峰くんは、何にも縛られないままですきなバスケをして、彼等のバスケへの情熱を砕いてしまった。
バスケは残酷なスポーツだ。
力の無い者は必要とされない。
怪我をした者は平気で置き去りにする。
ほんの一瞬の油断が、試合の全てをひっくり返す。


だけど、それ故にひどく単純だ。
彼等は力が無かった。
青峰くんは力があった。
それだけだろう? なら青峰くんには何の非も無いし、バスケを諦めたのは彼等自身だ。青峰くんを恨むのなんて、お門違いだ。
ボクが鼻で笑うと、男のこめかみに青筋が立った。

「てめえ……っ」
「くだらないんですよ」
「何だって……」
「下らない。悔しいなら青峰くんより強くなれば良いんでしょう。負けたくないって死に物狂いで努力すれば良いでしょう。……少なくとも、青峰くんがもし君たちと同じ立場ならきっとそうします。何もしない内から青峰くんを恨むなんて、結局逃げてるだけじゃないですか」
「この野郎っ」

茶色頭が拳を振り上げる。
あー、殴られるな。なんてどこか醒めて思った。

ボクは間違ったことは言っていない筈だ。しかし、ボクにとっては正しくても、彼等にとっては違ったのかもしれない。それとも、頭の奥底では分かっていたのだろうか。それを部外者であるボクに指摘されたのが、悔しかったのだろうか。

何でも良いけれど、ボクを殴って彼の気が晴れるのなら、面倒だからもうそれで良い。

拳が振り下ろされる。
衝撃に備えて目を閉じると、不意に、「ちょっと待てよ」と止める声があった。
気付いて目を開けると、茶色頭の腕をその後ろに立つ仲間の男が止めていた。



 
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