ふろむA

□氷 千架さん*調味料とかけまして
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 昼時の食堂というものは、言わずもがな、賑やかである。並べられた長机の1つを陣取って、彼らは昼食を取っていた。
「いっただっきまーす」
「黄瀬、お前何だよそのメニュー。女子か」
自分の隣に座った黄瀬のメニューを見た青峰が、ボリューム満点の肉定食に箸を伸ばしながら笑う。黄瀬の選んだメニューは今女子に人気の野菜が主なローカロリー定食だった。
「学食って弁当と違ってカロリー半端ないっスからね!カロリー計算はモデルのたしなみっスよ。帝光のメニューにはカロリー表示されてるから有り難いっスよねぇ」
「あーあー、マジいらねぇわ、その情報」
「聞いてきたのは青峰っちなのに!?」 シャラリと爽やかスマイルで答えた黄瀬に向けられた青峰の表情は、くだらない、の一言だ。そんな顔をされると文句をたれたくなるものだ。黄瀬は頬を膨れさせながら更に言葉を続けようとする。
「煩いのだよ、お前ら。食事中は静かにするのだよ」
しかし、青峰の向かいに座っていた緑間が、味噌汁の椀を手にしながら厳しく注意してくる。黄瀬はぐ、と言葉を呑み込んで、みずみずしいサラダに箸をつけた。その表情は不機嫌そうだ。
「緑間っちって、絶対亭主関白になりそっスよね」
「何だと?!」
「え〜?ミドチンは逆に尻に敷かれそうじゃない?」
「なっ!?」
「確かに!」
「言われてみればそうかもっ!!」
不貞腐れた黄瀬が仕返しとばかりに呟いた言葉に紫原が2杯目のカツ丼を頬張りながらもごもごと口にした。それがツボにハマったのか青峰と黄瀬が一斉に笑い出す。多くの生徒で賑わう食堂が一際賑わった。緑間の眉間に深い皺が刻まれる。自身を落ち着かせる為か、眼鏡を押し上げると深く溜め息を吐き、気にしないように食事を再開させようとする。
「緑間、塩を取ってもらえるか?」 温かな白米を口に含んだ所で、隣から声が上がる。静かだが凛とした声に自然と青峰と黄瀬の笑い声は途絶えた。
「ああ。…ほら」
「ありがとう」
緑間は机の中央に置かれている調味料や手拭き、爪楊枝の乗った盆の中から塩を取ると、右隣に座る赤司に手渡してやった。その際にちらりと見ると、赤司の頼んだ定食には目玉焼きが付いていたようだ。
「…赤司君、目玉焼きには塩、なんですか?」
「ああ、そうだよ。塩以外は邪道じゃないか」
緑間から受け取った塩を目玉焼きにかけようとした所で赤司の向かいに座ってもそもそと食事していた黒子がここに来て始めて発言をした。そして赤司の答えを聞くや否や、珍しく眉をひそめる。
「塩以外が邪道だなんて…目玉焼きには醤油と相場が決まってます」
「へえ?聞いたことないね。俺の周りは皆、塩だけど?」
「おかしいです。醤油が一般的ですよ」
ぴり、とした空気を感じたのか、黄瀬と緑間は訝しげに赤司と黒子に目を向ける。青峰と紫原は我関せずでガツガツと食べ続けていた。
「その持論はおかしいよ、黒子。俺の周囲が皆塩な時点で、醤油が一般的というのは間違いだ。」
「間違いありません。日本人なら醤油です」
「そういう固定概念は知識の幅を狭めるぞ」
矢継ぎ早に繰り出される言葉。内容はくだらない好みの違いだというのに、2人の雰囲気は不穏なもになっている。黄瀬は焦りながら緑間に話しかける。
「ど、どーしちゃったんスかね?2人が口論とか珍し…」
「知ったこっちゃないのだよ…」
黄瀬が珍しいと称するように、赤司と黒子は口論を滅多に…というか殆んどしない。清いお付きあいをしているらしい2人は、歳の割りにはどこか達観している所があって、大抵は相手の意思を尊重している。意見が対立した場合は折衷案を取る程だ。そんな2人が目玉焼きには塩か醤油かという実にくだらないことで口喧嘩らしきものを始めているのだ。黄瀬と緑間が内心慌てるのも無理はない。
「だいたい赤司君の塩以外は邪道という考え方も知識の幅を狭めているんじゃないですか?」
「そうかもしれないね。だからと言って醤油が一般的という論を押し付けるのはどうかと思うよ?」
黒子はキュウリの酢の物を食べながら、じっと赤司を見つめている。珍しく食が進んでいるのか、普段なら半分も消費出来ていない時間帯だが、残すは後卵スープとご飯だけである。対する赤司は、件の目玉焼きはとっくに塩をかけて平らげており、こちらも残すは味噌汁とご飯だけだった。 「…………」
「…ワカメ入ってました?」
「うん」
「ボクの卵スープと交換しましょう」 「ありがとう」
会話の最中、赤司は味噌汁の椀を持ち上げた瞬間、眉を軽くひそめる。それは端から見ると分からない程度の些細な動きだったが、黒子は見逃さなかったようだ。すかさずそう言うと、まだ箸をつけていなかった卵スープと味噌汁を交換してやる。口喧嘩の合間の仲睦まじいやり取りに黄瀬と緑間の頭には?マークが量産された。
「で、醤油の話ですけど…」
「だから、塩以外は…」
お互いの汁物を交換し終えると再び始まる塩か醤油か論争。2人の行動は全くもって謎である。
「そこまで言うなら皆さんに聞いてみましょう」
「そうだな。構わないよ。」
ここでどうやら矛先がこちらに向いたようだ。 う、と身構える黄瀬と緑間にはお構いなしに赤司と黒子は問いかけた。
「皆さんは、目玉焼きには塩ですか?醤油ですか?」
「勿論、塩だよな?」
「赤司君、誘導は無しです」
「あー?オレはどっちかってーと、塩だな」
「俺はねぇ、醤油かな〜。」
既に食事を終えていた青峰と紫原は口々に答える。塩と醤油、どちらも1票ずつ獲得した。赤司と黒子の視線が黄瀬と緑間に向く。視線で訴えてくることの多い2人からの視線は色々な意味で重い。もし、と黄瀬と緑間は同時に思う。もし、自分たちが塩、もしくは醤油と答えて、塩派と醤油派の票数が片寄った場合、2人の口論はヒートアップするのだろうか。それとも多数決で負けた方が潔く諦めるのだろうか。前者に転んだ場合は面倒だ。普段から喧嘩をしていな い2人が喧嘩をしたら…想像がつかない分、厄介である。空気を読まずにさっさと発言した青峰と紫原が憎い…!赤司と黒子の視線を受けながら黄瀬と緑間は歯噛みした。いつまで経っても答えを言わない2人を訝しんで赤司と黒子の2人が口を開いた所で、高らかに予鈴のチャイムが鳴る。
「…予鈴だな。」
「…終了ですね」
それが響き渡った直後、今までピリピリとした空気を放っていた2人が嘘のように穏やかな雰囲気を纏い、2人仲良く食べ終わった食器の乗ったトレイを抱えて立ち上がる。青峰と紫原は気にしていないようだが、黄瀬と緑間はおいてけぼりを食らった子どものようにポカンとしている。
「資料というものが存在しないから、あれで良かったのか…少し疑問だな」
「良い線はいっていたと思うんですが…ボクにもよく分からないですね」 「く、黒子っち!赤司っち!」 「さっきのはいったい何だったのだよ!」
食器の返却口に向かいながら、分からないね、分からないですと首を傾げる2人を黄瀬と緑間は慌てて追いかけ、問い詰めた。そんな彼らの勢いに赤司も黒子も揃って不思議そうに見上げる。
「さっきの…?塩か醤油か、という論争だが」
「口喧嘩してみたんですよ」
「してみた!?」
「故意にか!?」
「喧嘩する程仲が良い、と言うからな」
「お互いの仲を深めようとしたんです」
事も無げに赤司と黒子は言った。呆然とする黄瀬と緑間を余所に、会話は続けられる。
「ですが、思ったより楽しいものじゃないですね」
「まあ、喧嘩だからな」
「喧嘩ップル?ですか?このスタイルはボクらには不向きですね」
「それには同意するよ。俺たちはこのままのスタイルで良いと思う。」 「けど、たまにするのは良いかもしれませんね。何となく、距離が近付く気がしました」
「お互いの悪い所も垣間見えるからかな?そう考えると、良いかもしれないね」
それが分かっただけでも有意義な時間だったと、笑い合いながら赤司と黒子は行ってしまった。
「……えぇぇぇぇぇ……?」 「………。」
あの2人ってよく分からない。改めてそう思って脱力する黄瀬と緑間であった。


調味料とかけまして、痴話喧嘩と解きます。

その心は

どちらも無くては味気無い。

*END*

・。.+・。.+.。・






* * *

『アヒルに噛まれる』の千架さんから頂きました!
喧嘩する赤黒をリクエストさせて頂いたんですがキセキみんなかわいい…!全てがかわいらしくてドツボですが味噌汁と卵スープ交換する赤黒ちゃんがかわいすぎて夫婦すぎて私はもう!もう!!巻き込まれ体質な黄瀬と緑間も…不憫かわいい…!
素敵な小説をありがとうございました!これからよろしくお願い致します(*´ω`*)

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