ふろむA

□氷 千架さん*2人で過ごす休日です
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 お互いの休日が重なる、というのは、大学が長期休暇中の時などにはよくある話だ。そういう日は決まって、目覚まし時計はセットしない。心行くまで睡眠を貪る為である。
「ん、ぅ…」
「おはよう」
そんな休日のふわりとした覚醒。遠くで鳴く雀の声を聞きながら、ゆっくりと浮上していく意識の縁で、聞きなれた声が黒子の耳を擽った。ゆっくりとした浮上が勢いよく引き上げられる。
「っ………!」
「何で隠すんだ?」
閉じていた瞼を開いた黒子は、視界に赤色を捉瞬間、素早く両手で顔を覆ってしまう。彼の突然の行動に赤司は不思議そうな声を上げた。
「…人の寝顔見てるなんて、趣味悪いです…」
いつから見てたんですか…指の隙間から赤司を窺いながら黒子が口を開くと、赤司は黒子の前髪を摘まみながらにこりと笑った。
「30分くらい前からかな。余り笑えない夢を見たから、テツヤの寝顔を見て癒されてた」
「……どんな夢でしたか?」
赤司からの答えに黒子は顔を覆っていた手をどけて、真剣な眼差しで赤司を見つめる。赤司は事も無げに言葉を紡いでいった。
「道を歩いていたら、途中で足元ギリギリの所に穴が開く。落ちないように踏ん張ったら、誰かに押される。落ちていく瞬間、相手の顔を仰ぎ見たら、自分だった。そんな夢。」
伏し目がちに語られる夢物語は、確かに余り笑えない。黒子は微かに眉をひそめた。当の本人はさほど気にしていないのかいつも通りだが。
「…赤司君」
「何、テツヤ」
「どうぞ。慰めてあげます」
効果音を付けるならキリッ!だろうか。寝転がったまま、黒子は赤司に向けて両手を広げていた。溢れ出さんばかりの男気に、赤司は堪らず吹き出す。
「ふ、くくっ、じゃあ、遠慮なく」
「ええ、遠慮せず」
くすくすと笑いながら赤司は黒子に擦り寄った。背中に黒子の右腕が回り、もう片方の腕は赤司の頭に触れて、髪を梳き始める。
「テツヤが男前だ」
「ふふ、君の悪夢なんてボクが忘れさせてあげますよ」
「はは、格好いい」
黒子の肩口に赤司の顔が埋まる。赤司の髪がちくちくと頬を擽った。ずしりとかかる相手の体重に目を細める。すると、首筋に柔らかい感触。
「ん、赤司君…」
「…テツヤ」
その感触は赤司の唇だった。甘えるように、愛おしむように黒子の首筋を辿り、耳、頬、額へと順に唇が巡っていく。
「ふ、擽ったいですよ、赤司君」
「テツヤ」
「ん、…」
するりと赤司の手が黒子の脇腹を撫でる。昼間から事に至るなど余り誉められたことではないが、休日だから良いか、と黒子は赤司の背中に腕を回した。
「あ。」
「え?」
しかし、赤司は唐突に声を上げると動きを止めてしまう。
「ホットケーキが食べたい」
「…は?」
そしてこの一言である。黒子は間の抜けた声を上げてしまったが、致し方ないことだろう。
「ちょうど昼だし、今から作るよ」
「…ありがとうございま、す?」
呆然とした黒子から離れると、赤司はベッドから降りる。それからにこやかに微笑むと、未だに状況を把握していない黒子の額にキスをして口を開いた。
「出来たら呼んであげるから寝てても良いよ」
「や…いえ、起きます…」
「そう?」
先に行ってると言い残すと赤司は寝室から出ていった。
「…マジですか」
残った黒子は天井を見つめながら呟く。赤司のホットケーキは嬉しい。時間的には昼なので小腹も空いている。しかし、自分の色気がよもやホットケーキに負けるとは…まあ、そもそも自分に色気があるかどうかなど分からないが。
「…なんか悔しいですね…」
悔し紛れにとりあえず黒子は赤司の枕にイグナイトをお見舞いするのだった。


 「どうして急にホットケーキなんですか」
赤司の枕にイグナイトをお見舞いしてからのそのそと寝室を出た黒子は、そのまま台所に向かうと、そう訊ねる。赤司はもう既にホットケーキの種を作り終え、フライパンを熱していた。
「テツヤから甘い匂いがしたから」
「そんなまさか」
「ほんと」
「嘘でしょう?」
「うん。お腹空いただけ」
「そこではにかむとかなんですかあーもうくっそあざといですね」
「はは、テツヤ、口調がおかしいぞ」
「誰のせいですか」
くすくすと笑いながらも赤司は作業を進めていく。温まったフライパンを濡れた布巾の上に数秒置いて軽く冷ますと、コンロに戻して油を引く。
「どうぞ」
「ん。ありがとう」
フライパン全体に油が回るのを見計らうと、黒子は種の入ったボールを渡した。お玉に掬われた薄い卵色の種が、重力に添って滑り落ち、丸く広がっていく。今度は赤司からボールを受けとると、黒子は代わりにフライ返しを赤司に手渡した。そして2人並んで気泡が出てくるのを眺めて待つ。
「ホットケーキミックスを発明した人は偉大ですね」
「そうだな。お手軽だし」
「美味しいですし」
「テツヤはハチミツ派?メープル派?」
「派閥があるんですか?どちらかと言えばハチミツです」
「まあ、今うちには両方ともないけどね」
「何故聞いた…」
マーガリンしかないよ、と笑って答えながら赤司はホットケーキをひっくり返した。まるで写真に写っているものように綺麗に焼けているホットケーキ。本当に君は何でも上手に出来ますよね、と黒子は言いながら皿を出した。


 ホットケーキを食べ終えて、ソファーに座ったまま何とはなしにテレビを点ける。ちょうど2時間サスペンスドラマが始まった所のようだ。特に見たいという番組もない為、2人はぼう、とサスペンスドラマを見始めた。
「……犯人、あの女将だね」
「え、何でそう思うんですか」
見始めて30分。主人公の刑事が容疑者である旅館の女将に話を聞いているシーンで赤司がぽつりと呟いた。
「だって、今の彼女の発言…矛盾がある」
「もう…ネタバレはやめてください」
「…違うかもしれないだろ?」
「赤司君が言うなら絶対でしょう?」
そう言いつつ、黒子は展開を追い続ける。真剣なその横顔を見つめた後、赤司は黒子の肩に頭を預ける。
「眠いんですか?」
「…お腹一杯だからね」
「肩は凝るんで、膝にしてください」
「ん」
テレビを見つめたまま、黒子はぺしぺしと自分の膝を叩く。数秒後、膝に赤司の頭が乗る。その頭に黒子は条件反射で手を伸ばすと赤色の髪をそっと撫でた。テレビの中では、まだ犯人を特定出来ていない刑事が奮闘している。その姿を途中まで見ていた赤司だが、気付けば瞼を下ろしていた。


 ふ、と唐突に目が覚める。数度瞬きをして、赤司は小さく身じろいだ。テレビを見ると、先程まで見ていたサスペンスドラマのエンドロールが流れていた。
「起きました?」
「…犯人は誰だった?」
「赤司君の言う通りでしたよ」
「そう」
くあ、と小さく欠伸をしながら赤司は起き上がると、皿を片付けるべく立ち上がった。黒子も手伝おうと立ち上がりかけるが、顔をしかめてすぐに座り直してしまう。
「…足が痺れました」
「なら片付けは僕がやるよ」
「お願いします」
小1時間、赤司に膝を貸していたのだ。痺れもするだろう。黒子の分の皿も持つと、赤司は台所に向かった。
「赤司君、赤司君。黄瀬君、今度は月9のドラマに出るみたいですよ」
流しに皿を置いている最中、黒子の声がそう告げる。どうやらCMが流れたらしい。
「そうか。それは録画してやらないとな」
「ですね」
小さく微笑みながら赤司は蛇口を捻る。出てきた水にスポンジを浸しながら、夕飯は何にしようかと赤司は思いを巡らせるのだった。


*END*








* * *
お礼!


『アヒルに噛まれる』の氷 千架さんより、頂きましたー!
うおぉぉ赤黒夫婦かわいいよぉぉ!!!!!私もうほんと、千架さんの書かれる同棲赤黒が大すきでして…!漂う甘い空気や二人の雰囲気、ナチュラルに思い合う二人に萌えがノンストップです。うわあああなにこの理想郷…!読む度幸せな気持ちになれます…テツヤ漢前!赤司くんの枕にイグナイトかますテツヤかわいい!そのイグナイトの理由が超絶かわいい!!萌えツボを整体師並の正確さでついてくる千架さんは何者なのですか。
ストーカーらしいリクエストを快くお受けしてくださって、しかもこんなに素敵な小説を書いていただけて幸せです(´∀`*)本当にありがとうございました!!これからも自重せずストーカーしていこうと思います!

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