星矢

□別かつ世界に瞬く
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 どれだけ背伸びして必死に大きく見せたって、いつまで経っても瞬の視界には入らない。
 いつも、心優しい博愛主義の聖闘士のその目には様々な人間のの幸や不幸が入り込んで、オレが入り込む隙間を与えてくれない。分かっている。知っている。結局、オレは。瞬にとってただの仲間でしか無いのだと。






「あ、今星が瞬いたね!」
「……そうだな」
「綺麗な三日月だね」
「ああ」
「でも、それ以上に星がきれい」

 満天の星空に足を止め、首を目一杯反らしてじっと一点集中していた瞬は、無邪気に背伸びしたまま右手を天に伸ばし、指差した。
 背伸びをする事で、ほんの少しでも星空へ近付こうとしているのだろう。夜目にも分かるくらいにキラキラ輝くその瞳には、真っ暗な夜の空に散る星が映りこんでいる。
 そう思うと、心が急にどす黒くなって行くのが分かった。思わず舌打ちが零れそうだった。何に、と訊かれたら。瞬の視界に入り込み、尚且つ占領する星空に対して半分。残りは、そんな星空にすら嫉妬するオレに気付かない瞬に対してだ。

(……星なんか、取り立てて珍しくは無い)

 夜になればいつだって見る事が出来る星を、わざわざ首を反らしてまで見たいとは思わない。そもそも、夜は危険が多い。明るかった世界を飲み込み、恐怖心すら抱かせる夜は、この世の深い闇だ。
 その上、今は戦闘の真っ最中。月と星が多少暗闇を和らげているのだとしても、太陽に比べて光は儚く、申し訳程度だ。満月ならいざ知らず、三日月では足場も見えず、何が起こるか分からない。 緊張感を持って歩いていると言うのに、肝心の瞬は子供のように無邪気に声を上げ、あどけなく笑う。

「……瞬、もう良いだろう。きょうは星矢たちと合流するのは無理だ。敵もここまでは追って来ない。なんとか眠れる場所を探すのが先だ」
「だって、きょうの星は凄くきれいだよ」
「星なんかいつ見たって一緒だろう」
「違うよ。……一緒な訳、無い」

 そう言ったきり口を閉じた瞬は、ただじっと星を眺めてそこから微動だにしない。まただ。オレは、この瞬間が何よりもきらいだ。恐らく、この瞬間、完璧に瞬の世界は現から切り離されて、どこか違う場所へと向かうんだろう。
 そこは、オレや他の人間では到底、到る事の無いような、そんな遥かに佇む遠い場所。オレが入り込めない世界。オレが完全に遮断されてしまう世界。オレが消える世界。それは。

(おまえと、おれが)

 切り離される。きっとそんな世界だ。
 呼吸が一瞬、止まった。何ていやな世界だろうか。何て不愉快で腹が立つ世界だろうか。忌々しい。どうしようもないくらい、忌々しい。取り残されるのは、いつだってオレだけだ。

「……ッさっさと行くぞ」
「いたたたた!」

 やわらかい頬をつまんで引っ張る事で、無理やり瞬の意識をこちらに戻すくらいしか、オレには出来ない。忌々しいのは星空ではない。オレの醜い嫉妬心でもない。一番忌々しいのは。

「もう! ひどいよ氷河!」
「いい加減にしないと、星に呪われるぞ」 「星って人を呪うの!? そんなの聞いたことないっ」

 いつだって無邪気に邪気を振り回し、オレを忘れる瞬が、一番忌々しい。

(オレのいない世界に入り浸るお前が、心底)


「あ、氷河星が光った」
「……は?」
「氷河星。ほら、あの一番輝いてる星」

 頬をさすりながらも、やはり首だけは星空に向けられる瞬が指差すその先には、数多の星の中でも特に強い輝きを発する星が一つ。

「……ばかだろ、瞬」
「だって、あんなにきれいなのに、ただの星じゃ可哀想。だから名前をつけたんだよ」
「……氷河星?」
「うん、そう。きれいだから」

 瞬の隣に静かに佇む。目線の先には、『氷河星』とやらの星。オレには何の変哲も無い星にしか見えない。しかし、未だに無垢な目で星を見続ける瞬にとっては、きれいな星らしい。そして、そんな星に。オレの名をつけた。


(切り離されて、いなかった?)

「……星を見ている間、何を考えていたんだ?」

 そう問いかけると、瞬は目をわずかに細め、「氷河が頭に浮かんだ」と言って星を眺め続けた。

(……何だ)

「出演料取るぞ」
「何それ! 良いじゃない、思うのは自由だよ」
 隣から聞こえる反論は、今のオレにはどうでもいい。何故か心は晴れたように爽快だった。渦巻く嫉妬心は何処かへ消えた。我ながら現金だとは思う。
 遠い遠い、遥かなる世界にも。オレの辿る道を残してくれているのなら。オレの入り込む隙間を開けていてくれるのなら。二人を別つ森羅万象の世界にも、負ける気はしない。

 夜の闇に瞬く星空の中で、『氷河星』が一等強く輝いた。
 それが、暗闇の道標となる北極星である事は、死ぬまで言うつもりは無い。
 瞬の無邪気な星選びの声が、優しく鼓膜を擽った。




*別つ世界に瞬く*

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