gift

□夢の、終わりまで
1ページ/2ページ









それは、むかしのおはなし。

きおくすらも、あやふやな…むかしむかしのおはなし。



ぼくには、ねえさましかいなくて。ぼくのせかいは、ちっぽけなものだった。

いえには、ねえさまがいた。

もりには、どうぶつがいた。

ぼくは、それしかしらなかった。



ぼくは、まだそれしかしらなかった。









それがしあわせだと、それすらも…。

まだ、ぼくにはりかいすらできなかったんだ。

ごめんね、ねえさま。ありがとう。
























夢の、わりまで



- dream on the moment -









〜 歩みゆく道のさきに

        そっと手を伸ばそう 〜





















「姉さま…大丈夫?」

静かな室内。開け放たれている窓から、そよ風が室内に吹き抜けて白いカーテンを揺らす。

ベッドの横にいるミトスは、風に髪を撫でられると瞳を細めてベッドに眠る姉に囁いた。

永続天使性無機結晶症と呼ばれるエクスフィアに対する拒絶反応から体がエクスフィア化したマーテルを治すために、いま仲間達はルーンクレストと呼ばれるエクスフィアに対する抑止性を持つものの材料を求めて旅を中断していた。もし、体中に結晶化が進む前にルーンクレストを手に入れる事が出来なかったら姉は巨大なエクスフィアの塊となり死んでしまう。

ミトスは、ため息をつくとベッドの横にある椅子に座り込んだ。今日は、マーテルの体調が非常に悪く、昨夜泊まった宿から出れそうにない。



クラトスとユアンは、ルーンクレストの材料の手掛かりを追って各自動いていて、ミトスがマーテルの護衛と看護役として残ったのだ。

ミトスは朝から、目を覚まさないマーテルをずっと見守っていた。





「ねぇ、姉さま…もう止めようか?世界とか差別とか…ボク達が命をかける必要ないよね?」

ミトスは、ジッと姉を見つめた。そして、瞳を伏せると呟くように弱々しい声で姉に語り掛けた。

ミトスはつらそうに笑うと、独り言のように呟き続ける。それは、旅を諦めた自分たちが歩めるかもしれない道。誰も寄り付かない場所に、クラトスとユアンと姉と共に移り住み、静かに生きていく未来。それは、孤独だけど命の安全は保証された未来。

クラトスやユアンが居てくれるなら、きっと楽しいよ? ミトスはそう言って笑った。





「きっと、クラトスとユアンは毎日喧嘩ばっかりするんだ。そして姉さまに怒られて…みんなで笑いあえる幸せな居場所になると思うんだ」

ミトスはそんな光景を想像するように瞳を閉じると、幸せそうに微笑む。そして、その想像をまるで目に見えているように語り続ける。

夏は海に行きたいね、と。ユアンを砂に埋めてみんなで笑おう、と。クラトスに上手な泳ぎを教えて貰うんだ、と。

秋は紅葉を見に山登りとかどうかな、と。落ち葉を集めて焚き火をしよう、お芋を焼いたりしたいな、と。

冬は雪見に行きたいな、と。カマクラを作ったり、雪合戦をするなんて楽しそうだね、と。鍋をみんなで囲んだりして楽しそうだよ、と。

春はお花見に行こう、と。満開の桜はきっととても綺麗だよ、と。春風が優しくて、心が暖かくなるんだ、と。



ミトスは、まるで歌うように語った。何もかもを諦めることで得られる平穏な日々を。もう傷つかなくていい、幸せな時間を。

ミトスは、マーテルの手を握るとどうかな?と笑顔で囁いた。眠る姉が答えられないと知りながら、返事を心待ちにするように瞳を柔らかく細めて、ミトスは姉を見つめる。





「ねぇ…答えてよ姉さま?」

しばらく、風に揺られるカーテンの音だけが室内に聞こえる静かな時が過ぎた。

ずっと、姉を見つめていたミトスが不意に呟いた。それは、先ほどまでの楽しそうな声色ではなく、つらそうに震える弱々しい声。握られた手にだけ、力がこもった。

そして、ミトスは泣きそうな顔で姉の手を揺すって、

「そんなんじゃダメだって…ボクを叱ってよ…」

と囁いて俯いてしまった。

すると、マーテルが瞳を開いた。その瞳には俯いて、泣いてしまいそうな弟の姿。まだ、自分が起きているとは気付いてないらしいその姿にマーテルは優しく微笑むと、手を伸ばした。





「どうしたのミトス」

伸ばされた手は、弟の頬を優しく撫でてミトスが顔を上げた。見れば、姉の柔らかい笑顔。ミトスは姉の問いに黙り込むと、自分の頬に置かれた手に頬を寄せた。

マーテルは、そんなミトスを見つめて頬を撫でた。弟が、弱音を自分の前で言いたがらないのは理解している。だけど、聞かされた弱音から弟がどれほど追い詰められているかは判る。

マーテルは、急かす事なくミトスの言葉を待った。





「……もう、止めよう姉さま。このまま旅を続けたら姉さまが死んじゃうかもしれないんだよ?」

さらさらと、頬を滑る指。

頬をすり寄せてくるミトスに、マーテルはくすくすと笑った。旅を始めてから成長したと思っていたが、まだまだ子どもなのだとしみじみ思う。

微笑むマーテルの瞳は優しく、ミトスは伏せていた顔をあげると小さく呟いた。その内容に、マーテルはミトスの瞳を見つめた。揺れる瞳に力は無く、普段の良い意味でも悪い意味でも子供らしい真っ直ぐな意志は感じられずにマーテルは心配そうにミトスを見つめた。





「ミトス、心配してくれるのは嬉しいわ。でも、私は例えどんな運命が待ち受けていても…諦めたくないの」



「な……クの……は…」

自分の瞳に視線を合わせないミトスに、マーテルは安心させるように微笑んだ。そして、ミトスの手を取ると瞳を閉じてマーテルは語った。自分の覚悟を、そして理想と信念を。

マーテルが瞳を開いて微笑みかけると、ミトスは俯いていた。そして、囁くような声でぼそぼそと呟き、マーテルはえっ?と聞き直した。すると、

「なら、ボクの気持ちはどうなるの?」

ミトスは顔を上げて、叫んだ。

泣いてるような、怒っているような表情。喚き散らすような声。マーテルは、とっさに言葉を返せずに瞳を丸くして押し黙った。





「姉さまを助けられなかったら…そう考えるとどれだけ怖いか姉さまは考えたことある?姉さまが居なくなってボクが笑っていられると思うの?そんな悲しい思いをするくらいなら…平和なんていらないよ!」

姉さまは勝手だよ。

そう言って、ミトスはその場にへたり込んでしまった。膝を抱えて、顔をうずめて黙り込む。

マーテルはそんな弟の姿を、沈痛な面持ちで見つめて、

「ごめんなさい…」

小さく謝った。そして、ベッドから体を起こしてミトスの髪を撫でる。

ミトスは、最初は黙って撫でられていたが顔をあげると、マーテルに抱きついた。マーテルは、静かに弟を抱き締めてもう一度、ごめんなさいと囁いた。





「ミトス、私は死なないわ。大丈夫…あなたの夢が叶う光景が見たいもの。だから、死なない。死にたくないわ」

抱き締めながら、髪を撫でているとようやく落ち着いたらしく、ミトスの体から力が抜けた。こわばっていた肩がゆるゆると落ちてきてマーテルは優しく微笑むとミトスに耳打ちするように囁く。

ミトスが顔を上げて、ボクの夢?と聞き返すとマーテルはそんなミトスに心から幸せそうに笑うと頷いた。そして、

「あなたが言った世界なら、みんなが当たり前に生きていける。血も姿も気にしないで、自らの力で幸せに手を伸ばせる……考えたことも無かった」

歌うように瞳を閉じて、話し出した。それは、幼いミトスが言い出した言葉。世間知らずの子供が口走った夢物語。

だけど、マーテルはその言葉を信じた。同じ夢に憧れた。

マーテルは持ち前の人当たりの良さや博愛の精神から、人間を憎しんだりはせずに生きてきた。意地悪されても笑顔でそれをこなし、泣いているハーフエルフを励まして来た。

だけど、差別がない世界の実現なんて考えたことは無かった。どこかで、仕方ない事だから前向きに頑張ろうというポジティブな諦めがあった。



しかし、ミトスは言った。

戦争を止めようと。

精霊達の加護を受け、天使の力を手にしたミトスはいつしか夢を実現出来るかも知れない力と信頼を勝ち得ていった。

それが、どんなに奇跡的な巡り合わせなのか…多分、幼いミトスは気付いていない。だけど、マーテルは知っている。





「そう、あなたが教えてくれた夢。それが、今の私の夢でもあるわ」



「でもボクは姉さまが居なきゃ嫌だよ…。姉さまと一緒じゃなきゃ、そんな夢意味ないよ」

マーテルが柔らかく笑えば、ミトスは少し安心したのか瞳を合わせた。その視線は強く、マーテルは眩しそうに瞳を細めるとミトスの髪を撫でる。

ミトスの言葉は心地よく耳に響いて、マーテルはそっと弟を抱き締めた。

そう、仲間たちや世界の人達はミトスが強く誇り高い心の持ち主だと思っている。だけど、本当はそんなに良くできた子ではない。年相応に弱くて、姉や仲間たちの期待に応えようと肩を張っているだけ。幼く、硝子のように脆い心を必死に奮い立たせているだけの普通の子供だ。

いつの間にか、自分すらミトスの本当の心を見落としていたのかもしれないとマーテルは反省した。

髪を撫でられて気持ちよさそうに瞳を瞑る姿は子供そのものだ。早起きが苦手で、食べ物の好き嫌いもある。人間に意地悪されて落ち込んだり、クラトスに懐いて彼を困らせたりする。

普通の子供。かけがえのない自分の弟。

マーテルはミトスを抱き寄せると幸せそうに笑った。





「だから、頑張ってこの病気にも打ち勝つわ。そして、あなたが望んだ世界で…みんなで暮らすの。きっと、楽しいわ。きっと、幸せだわ」

ミトスは、姉の体温を感じながら姉の声に身を委ねた。

とくん、とくんと優しくリズムで耳に響く心音と、手を伸ばした先にあるかもしれない幸せな世界の姿にミトスは微笑んだ。



そうだ、それはきっと幸せだ。世界中の誰よりも。どんな夢物語でも勝てない至上の幸せ。

まるで、ヘイムダールに住んでいた頃のように当たり前の平穏な暮らし。かけがえのない時間。今度は、そこにクラトスとユアンも居てくれる。

いつの間にか、眠りに落ちたミトスの表情は幸せそうでマーテルは微笑ましいその姿に瞳を細める。





「大丈夫…私も、その世界にいきたい。だから、諦めないでミトス? 私も、諦めないから。絶対に諦めないから」

ミトスを隣に寝かせたマーテルは、不意に苦痛に表情を歪める。結晶化した体から、ほとばしる苦痛。マーテルは歯を食いしばって声を堪える。

今は、隣にミトスが寝ている。苦痛に負けて声を上げてミトスが起きてしまったら、せっかく落ち着いた心をまた乱してしまうかもしれない。

マーテルは隣りで眠るミトスを見つめる。そして、痛みを堪えて笑った。





「良い夢を見てねミトス…。信じてるわ」



もし、ハーフエルフが当たり前に生きていける世界が来たら。

戦争も終わり、命を落とす心配もなくなる平穏な世界が待っているんだ。

その世界のお隣には、人間の家族が住んでいてミトスと同じくらいの子供がいるかもしれない。人間の子供と一緒に学校に行くミトスを見送って、お隣さんと普通に会話して……。

差別される事なく、普通に過ごせる当たり前の日常。

何も特別じゃない、だけどずっとずっと願っていたかけがえのない居場所。





そんな世界に、自分もいきたい。

マーテルはミトスの髪を撫でると窓へと視線を移した。

サラサラとした風が、髪を撫でて気持ちがいい。少しだけ、痛みが忘れられた気がしてマーテルは瞳を閉じて、風に身を委ねる。



大丈夫、仲間たちがきっと自分を助けてくれる。

そうしたら、また旅が始まる。ツラく厳しい旅路、今度は自分が仲間たちを助けるんだ。

マーテルはそんな事を感じながら、静かに横になった。













だけど、もし自分がその命を落としても、諦めないでミトス。

大切な人たちが平穏な世界に居られるなら、それもまた自分の夢なんだから。



大丈夫、この子は諦めない。

そう、信じてる。





だから、歩み続けるんだ。

希望という名の











夢の、終わりまで



























END
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ