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□光と影のABC
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自然に囲まれた旧オゼット跡のすぐそば。海に面した岩肌をくり貫いた縦穴住居の形式をとるアルテスタ邸。

海からの潮風がヒュンと駆け抜けて、ミトスは瞳を細めて空を仰ぐ。強い風にさわさわと鳴る木々の音。鳥や、獣の声がどこか遠くからかすかに聴こえる。



寒くなり、空気が澄んでるのか空はいつもより青く、高い。

ついさっき、慌ただしく出掛けて行ったジーニアスたちは、いま頃どこにいるのだろう。しばらく、空を仰いで気分を転換させると、ミトスは小さくため息をついて部屋へと戻る。





『大丈夫、ボクが看病するから。だから、みんなは気にしないで行ってきて?』

ふと、今朝方の会話が頭をよぎってミトスは口元に苦笑いを浮かべる。仮にも、アルテスタ邸の居候という立場であり、ジーニアスたちに助けられた協力者という体裁を考えると、仕方なかったとは言え心情は複雑だ。

よりにもよって、アルテスタは鉱石を探しに出掛けてしまって、今はこの家にはタバサしかいない。

さて、どうしたものか。

膨らんだベッドを遠目に眺めながら、ミトスは深くため息をはいた。

タバサに全てを任せてもいいが、ああ見えてタバサは意外と喋る。実は看病しないでサボってた等と、あのカタコトな喋りから漏れる可能性も高い。





「いっそのこと、殺しちゃおうか?」

誰に同意を求める訳でもなく、ミトスはクスクスと微笑みながら口にする。

多分、寝ていて聞こえてないだろうけど、聞こえていても面白いかも知れない。

他者が見れば、見るものを虜にするような可憐な笑みを浮かべながら、ミトスはその仄暗い思慮を楽しむように軽い足取りでキッチンへ。





まあ、いくら考えたところで鼻唄混じりにお粥をつくり、

「うん、美味しい!」

等と自身の腕を自画自賛している姿には剣呑とした雰囲気はなく、道具の整理をしていたタバサはそんなミトスを僅かにしか動かない口元を緩めて、微笑ましげに見つめていた。


























- Time after time -







[ 時はめぐる 時計はすすむ

 チクタク チクタク 何度でも ]






















「おはよう、具合はどう?」

作り終えたお粥と、薬草を煎じた薬湯をお盆に乗せてミトスは布団に向かって声をかける。

まだ寝てるかも知れないが、彼が寝てるか起きてるかなどミトスには微塵も考慮する必要はない。ただ、作りたてのお粥が冷めることの方が遥かに問題だ。

モゾモゾと動いた布団を横目に、引っぺがしてやろうかな等と思いつつ、ミトスは笑顔でもう一度布団を揺すった。

すると、

「あぁぁ……」

なんとも言えない間の抜けたうめき声と共に、ようやく布団が捲れる。虚ろな焦点に、赤くなって上気した顔。普段の、まあ凛としてるまでは行かないけど、及第点として『精悍かもしれない』くらいの面影は今はない。





「おはよーロイド。体調大丈夫ー。お粥食べなよー。元気になるよー」

ふとした瞬間、クラトスに似た表情を浮かべると評価したこともあったが、今のロイドは普通の子どもにしか見えず、ミトスは貼りつけたような笑顔で淡々と話し掛ける。

棒読みで読まれた言葉は事務的だが、

『さっさと起きて粥食べて寝ればいいんだよ。馬鹿の癖に風邪とか笑わせるんだけど』

等と言語化しないに越した事のない内心に比べればミトスの優しさに溢れた暖かいものだ。現に、本人は優しくしてるつもりらしく、表情はどこか得意気になっている。





「美味い!このお粥美味いな!薬は苦いけど……」

「ふふっ、食べてすぐ元気になるなんてロイドらしいね。我慢して飲んでね。明日には治さないと」

起きたロイドにお粥を食べさせながら、ミトスは出発前に睨み付けるように自分を見つめていたゼロスを思いだし、口元を緩める。

唯一、自分の正体を知るテセアラの神子のことだ。ボクがロイドに何かしないか気が気でなかったのだろう。残ると言い出すと不自然だから、懸命に睨んでくる姿は思い出すと自然と笑えてしまう。

いつの間にか、あの神子もロイドに影響されたらしい。まあ離反されても痛くもないから構わないけど。



ベッドの横に椅子を用意して座り、クスクスと楽しそうに笑うミトスを尻目に、ロイドはお粥の味付けが気に入ったのか美味い美味いと舌鼓を打っている。



ふん、このボクが病人を襲うなって姑息な真似をする訳がない。そんなことをしなくても、ロイド一行をまとめて相手にするだけの実力がボクにはあるし。

まさか、あの神子もボクが普通に甲斐甲斐しく看病してるとは夢にも思わないだろう。今日1日、ハカハカして過ごして、内心祈るような気持ちで帰ってきたらボクがとても優しく介護していたと知って肩透かしを食らえばいい。その顔を見るのが、今から楽しみで仕方ない。



暗に、

食べてすぐ元気になるとか馬鹿以外の何者でもないね♪

と、花が咲くように笑ってみせたミトスは、薬を渋るロイドにちゃんと薬を飲むようにと念をおす。

まかり間違って、明日も看病なんてごめんだ。治って貰わないと困る。割りと本格的に困る。





飲まなくても治ると言い出したロイドも、途中から目に見えて瞳が据わって剣呑とするミトスの視線に気付いて、慌てて飲み干した。

背筋が凍るような眼光は、風邪の寒気だと自身に言い聞かせたロイドが視線を上げれば、ミトスは相変わらずたおやかな笑顔を浮かべていて、ロイドはホッと息をついた。






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