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□桃色笑顔の方程式
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太陽が、ちょうど真上でかがやくお昼時。街中は、昼食時を迎えたせいか鉄火場のように騒がしい。路地からは、子どもが泣く声が聞こえ、それに続いて母親と思わしき怒鳴り声が響く。

賑わいが喧騒を生み、通りには人が更にふえてゆく。

忙しそうに、大きな袋を抱えて走ってきたおじさんに肩をぶつけられ、青年は壁に寄りかかった。邪魔だと言わんばかりで睨みつけられたら、文句を返すのも億劫で、青年はすこしでも人通りの邪魔にならぬように壁に身を寄せる。



遅ぇな…。

やや苛立ったように眉を寄せた青年は、小さくため息をつく。

約束の時間など、とうに過ぎてるだろうに現れない待ち人。

青年は苛立ちを紛らわすように目をつむった。
























桃色顔の方程式



- one'hundred only -







[ 君が笑う場所に、私はいて

 私が泣く場所に、君はいてくれる ]






















「やっほー!お待たせぇ」

目を閉じると、路地からは笑い声。先ほどまで泣いていた子どもは、どうやらもう笑顔を取り戻したらしい。暖かい家庭の昼食時。そんな光景が頭をよぎって、青年チェスター・バークライトの表情は軟らかいものへとかわる。

やれやれ、悪戯ばかりすんなよな。そんな言葉を思い浮かべた青年は、不意に耳元でひびいた声にギョッとしたように瞳を開いた。横を見れば、ふよふよと自慢の箒にまたがったアーチェが満面の笑みで浮いている。向日葵のように笑うその表情には、遅刻にたいする罪悪感などいっさいない。





「支度すんのに何時間かかんだよばーか」

「あによぉ…。ちょっと遅れただけじゃん」

人混み激しい時間帯に、結構な時間待たされたチェスターが睨みつけても、目の前のお気楽そうな魔女はびくともしない。ため息混じりに文句を言うと、アーチェは頬を膨らませて視線を逸らした。

まあ、反省という人として当たり前且つ、大切な要素が足りてないのはいつもの事だ。

そんな、失礼なことを思いながら気を取り直したチェスターはさっさと歩き出す。今日はアーチェと共に買い出しをする。それが、目的なのだから喧嘩しても仕方ない。

後ろから、

「ちょっとぉ…。ごめんってばチェスター?」

すこし困ったようなアーチェの声を聞きながら、チェスターは微笑んでしまう自分の頬をつねった。

戦闘続きで疲れた体を癒やすため、この街に長期滞在を決めたのが2日前。明日を完全な休みにするために、チェスターとアーチェは買い出し当番となった。くじ引きで、見事に買い出し当番を引き当てた時はそれなりにヘコんだが、おかげで明日は優先的に休めるのは悪くない。

ミントを連れて、美術館に行った親友の検討を祈りつつ、チェスターは混み合う人々を器用にさけて道具屋へと向かって歩き出した。









「おかしいな。なんだこのチョコレートは?」

「……てへへ」

道具屋についたチェスターとアーチェは、互いに目を合わせると感嘆とも安穏ともつかないため息をついた。どうやら、店主が食材屋もやってるらしく店は大きく、お客の数も多い。グミ類や、薬品類が買えればそれでいいのに、大型店過ぎてこれでは逆に手間だ。

ひょいひょいと、買うべきものをカゴに入れながらチェスターは背後に迫る気配に神経を傾ける。先ほどからやけに静かなアーチェがどうにも怪しい。さり気なく振り返って様子を窺えば、これ見よがしに口笛なんて吹いている。

よし、これは猟の要領だな。

密かに口元に笑みを浮かべたチェスターは、わざとらしく視線を逸らして棚の上に手を伸ばした。すると、コトっという慎ましい音と、僅かに増えたカゴの重量。

獲物が見事に罠にかかったことに気付いたチェスターは、ゆっくりと振り向いた。視線が、深紅の瞳と交錯する。

ジッと見つめれば、照れたような、誤魔化すような笑みを浮かべるアーチェに、

「お前…ガキか?買わないからなチョコレートなんて」

チェスターはため息をついてチョコレートをカゴから出す。すると、アーチェは瞳を泳がせながらも

「ちっ違うってば!すずちゃん…。そう、すずちゃんが欲しがってたの!」

苦しい言い訳をはじめる。

どうやら、意地でもこのチョコレートを買わせたいらしい。

チェスターは、ふむと考え込む。





確かに、すずは甘いものが好きで、滅多に変わらない表情が年相応の笑みを浮かべるのは大概が甘味関係だ。

また、昨夜クレスとミントが美術館に行くというのを

「ほう、デートか?若さが眩しいね。はっはっはっ」

とからかって、赤面したミントに杖で殴打れたクラースを看病してるのも、すずだ。

せっかくの休日を、あまりにも自業自得な内容で寝込んで過ごしているクラース。そのお守りで休日を潰しているすずに、手土産のひとつも買ってやりたいとチェスターも思っていた。

チェスターはしばらく思案すると、ふと思いついたように意地悪く笑った。





「すずが欲しがってるなら買ってやらなきゃな?」

「すずちゃんなら買うとか…ズルい!ならなら、あたしも買う!」

チョコレート2箱をカゴに入れ、チェスターは爽やかに微笑む。暗に、お前のなら買わなかったぜという含みに、アーチェの顔がみるみるうちに赤くなっていき、

よし、勝った!

チェスターはしょうもない勝利を確信して笑みを深くする。

しかし、余裕の笑みで歩き出したチェスターに、アーチェが躍り掛かった。そして、箱に詰め込まれてゆくお菓子の山。意地悪い笑みを浮かべていたチェスターもさすがに慌てて応戦する。



旅の資金で、お菓子を買い込むなんて許される訳がない。貧乏な訳ではないが、裕福で有り余ってる訳でもないのだ。

入れられては捨て、捨ては入れられる。

怒涛の勢いで繰り広げられたこの激しい攻防戦は、

「お客さまぁ…?」

青筋を浮かべた店員が現れるまで続き、チェスターだけが烈火のごとく怒られた。まったく持って世界とは不公平だと、隣りで舌を出すアーチェを睨みながらチェスターは思う。





「…判ったよ、俺の金でひとつだけ買ってやるから好きなの選べ!」

「わーい!」

店員から、こっぴどい説教を受けたチェスターは、振り返ってアーチェを睨む。しかし、相も変わらず反省という言語を知らないアーチェは、爽快にあっかんべえをしながら山のようなお菓子を持っている。まだまだ、臨戦態勢を維持しているらしい。

店員の刺すような視線を頬に感じたチェスターに残された手段は、降参しかなかった。下手に、からかった自分をうらめしく思うのも仕方ないだろう。

まあ、自腹なら仲間に文句を言われる筋合いもないし、すずの分のお菓子も買えた。これで良いとしよう。



会計を済ます自分の横で、チョコレートを手に満面の笑みを浮かべるアーチェに、チェスターはため息をつきながら肩を落とした。
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