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□青い花
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足早に空の牢を通り過ぎて、一番奥の目的の牢。
隅にミトスは膝を抱え丸くなるように倒れていた。
奪った鍵で錠を外して抱き起こしたが、足に繋がれた鎖がジャラと鳴る。
頬に残る涙の筋、首下から白い皮膚に赤い鬱血や酷い内出血が散らばっていて。
服は無残に引き裂かれて、隠し切れない暴行の痕が体中に残されていた。
気を失ったままの頭が力無く反った。

同族が人間共から酷い仕打ちを受ける所を幾度も見てきた。
今も別に何かを思った訳では無い。
ただ、生意気な事を言ってじゃれあっていた、青臭い理想を掲げていたこの少年が。
暴力に成す術無く蹂躙された事に少しの遣る瀬無さを感じたが。
薄暗い牢の中、自分を守るためには身体を丸める事しか出来なかった。
ミトスが無力だった。ただ、それだけだ。

「…ッ…、」

びくりと震えたミトスが目を見開く。
抱いた腕を振りほどこうとして、相手が私であると気がついたらしい。
安堵の色と、失態を見られてしまったと顔を青ざめさせた。
破れた服を押さえたが、身体を隠すという点では全く意味を成さなかった。
震えた手でユアンはマントを掴まれ、無言で視線を向けた。

「ユ、アン…、姉さまは?」

ここに姉の姿が無い事に気がついたミトス。
ややあって「安心しろ、少し遠くに待機させている」と言うと、今度こそ少しだけ笑顔を浮かべた。
連れ出そうとするが、足の鎖が外れないのでダブルセイバーを突き立てる。
嫌な音を立てて砕けたそれをミトスはじっとみていた。
逃れようと足掻いた所為で足首は酷い事になっていた。

足首の枷は残るものの、これで自由だ。
立ち上がろうとして、ミトスは自分の体に力が全く入らない事に気が付く。
それほどに衰弱していた自分にミトスは驚いた。
ユアンが咄嗟に支えたが、立っている事すらままならない。
見るに耐えない姿に、ユアンは自分のマントでミトスを包んで抱え上げた。

来る途中出会った全ての人間を切ってきたが、またいつ巡回してくるか分からない。
抱えられたまま、監守達の無残な死体を見て、ミトスは息を飲んだ。
自分を暴行していた人間達の成れの果てだった。

「自分の心配より他の心配か?」

苛々した様子でユアンは言った。
いつもなら、何故殺したと声を荒げるであろうミトスは。
激しい葛藤の後に、「ごめん、ユアン」と小さく呟いた。
正直に、その死体を目の前にミトスは安堵していた。
そして。自分の所為でそうさせた、自分の無力さが情けなかった。

無言で牢を脱出する。長居は無用だった。
ミトスを抱えたまま走り抜ける、幸いな事に死体以外には誰にも見付かる事は無かった。






遠く離れた場所で追っ手も居ない事を確認し、ミトスを下ろす。
森の中、小川が流れる綺麗な場所だった。
茂った木々の向こうに燃えるような夕日が落ちていく様子にミトスは目を細めた。
夕日に照らされたミトスの身体はやはり傷だらけだった。
数日飲まず食わずだったらしいミトスに水を飲ませ、樹の根元に座らせた。
ユアンは自生している薬草を採り、傷薬代わりにする為にすり潰している最中。

ミトスが、重い口を開いた。

「ユアン、お願い。姉さま達には言わないで」

浅はかな提案に苛々した。
しかし、自分がボロボロにされているのに、他人を思うその気持ちには正直驚いた。
誰もが自分が可愛い。自分が傷付いてまで他人を思うことが出来るものか。
そう、姉弟の偽善を暴いてやるとこの旅に同行したが。
特に『姉さま達、』という事はもう一人の人間の事も言っているのだ。
ユアンは憤りと同時に、素直に感心すら覚えていた。
特に言うつもりも無かったのだが、そう思う理由に興味があった。

「何故だ?」

「二人に心配かけたくないもの。」

「・・・・・・私が言わなくても、その状態を見れば大体察しは着くと思うが?」

「痛っ!」

すり潰した薬草を足首の傷に塗り込むと、沁みるらしく肩を強張らせた。
包帯を上から巻き次の傷に取り掛かろうとするが、ミトスは身体を捩じらせた。


「少なくとも自力で歩けない奴を抱えて旅するつもりは無い」

「・・・・うん。ありがとう」

あらかた治療を済ませて、パンを少しずつ口に運んでいた最中にミトスはマントに包まり眠っていた。
薪を拾ってきて火を起した。
魔物も少ない様なので今日はここで一晩留まる様にしたのだ。
「仕方の無い奴だ。」ユアンは食べかけのそれを拾い上げる。
悪い夢に魘されているのか、時折小さな悲鳴を漏らしていた。
ミトスの腫れた頬に涙が伝い落ちる。

改めて、人間に対する憤りが沸いてきた。
同族の者達が理不尽に虐殺されるのを見てきたが、特に何を思うでも無かった筈。
奴等は弱いから死んだ。だからせめて自分は強くなろうと、ユアンはそうやって生きてきた。
夢物語のような、甘い理想を掲げたこの姉弟が嫌いだった。
エルフの古里にて安穏と生きてきたのだろうと思っていた。
だがそれは思い違いだったと気が付くのと同時に、彼等の理想はまるで現実味を持たない事も身に沁みていた。
それでも彼等は弱いが、必死に自分の出来る事をしている事だけは、短期間でも良く理解っているつもりだ。

それを無残に踏み躙った人間たちが許せない、と
今までに感じた事が無いその激しい感情がどこから来たのか、ユアンには分からなかった。



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ダブルセイバーはコンタミネーション現象で、空中から現れるって事にしといてください。
じゃないと目立ってしょうがないです。
 

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