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□Crepuscolo
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赤い夕日が鬱蒼と茂った木々を黒々と浮かび上がらせる。
赤い木漏れ日を揺らした風が、夜の冷たい空気を運んでくる。
不気味だ。子供じみた思いを振り払うように、傍らのノイシュの、のど元を軽く叩く。
軽くクゥンと鳴いた彼は怯えた様子で鼻先を擦り付けてきた。
カサカサと枯れ草が靴底に踏み潰されて音を立てた。

故郷の森で迷った事があった。
姉さまと逸れて。其の時も、夕日を途方に暮れて眺めていた。真っ赤な夕日だった。
押し寄せる冷たい夜の空気も、息を潜めた獣達の気配も怖くて堪らなかった。
だから、少しだけ夕暮れは苦手だ。
泣き喚いて、森の中を闇雲に走り回った。
森の生き物たちを追いかければ帰りつける、簡単な事も忘れて。
懐かしくもあまり思い出したくない記憶に浸っていた時だった。

遠くで泣き声が聞こえた。
森の果てを探して走り回った幻想が離れないだけなのかと思った。
けれど歩みを進めて行く内に幻聴では無い事に気がついた。子供・・・?
日が暮れるこんな時間に、森の奥にいると危ない。
夜営をする為に、ユアンとクラトスが立ち止まった。

「姉さま、泣き声が聞こえるよ。ちょっと僕見てくる。」

「ミトス?!」

「すぐに戻るから、平気!」

静止の声も聞かずに走り出した。
ユアンの咎める様な声に、お小言は戻ったら聞くよ!と茶化して。
ノイシュが一緒に走ってきたので、一緒に森の奥へと向かう。

「子供だな」

ユアンは呆れたようにため息をついて、夕飯の用意を始めていた。
好奇心旺盛なミトスには毎回振り回されていたが、それでも満更でもないようだ。
マーテルは嬉しそうに笑ったが、クラトスはやや疲労気味の顔で俯いた。
遠くで巣へ帰る鳥達の鳴き声がした。
マーテルは辺りを見回して、不思議そうに呟いた。

「元気が良くって嬉しいわ。でもミトスったら…何のなきごえが聞こえたかしら。」








泣き声はどこから聞こえているんだろう。
耳を澄ませても、木霊して方向が定まらない。視界が悪い。
ここはマナが薄くて精霊たちもいないから心細くなってしまう。
更に奥に進もうとしたが、ノイシュが襟を咥えて、それ以上いくなと言わんばかりに引っ張った。

「どうしたの、ノイシュ?」

更に強く引かれて、姿勢を崩した。
落ち葉から顔を上げた時、遠くから響いていると思った泣き声の主はすぐそこにいた。
大きな目を更に大きく見開いて、蹲っていた。
泥で汚れた頬と、小さな擦り傷が沢山。
疲れ果ててしまったんだろう女の子は、小さな手で腫れた目元をこすった。

「お兄ちゃんもまいご?」

「え…、ち、違うよ。キミを探しにきたんだよ。」

「ほんとう?森に入ったらかえり道がわからなくなったの」

森の中にいたと思ったのに、木々が途切れて小さく開けた場所に座っていた少女。
瑠璃色の空が広がって、夜が段々濃くなってきた。

今自分がどこから来たのかが分からない。どうして。
少し辺りを見ようと茂みの中に分け入る。
生い茂った葉を掻き分けたその先には、またノイシュと少女がいた。
背筋を冷たいものが走った。迷いの森…?
女の子は悲しそうに新しい涙を落とした。


迷いの森では、何かが仕掛けになっている筈だけど。
散々辺りを探ったけれど何も見つからなくて、歩き回る気力が無くなってしまった。
ノイシュはずっと樹の根元に座ったまま、動こうとしなかったから当面の危険はなさそうだ。

荷物入れの中からブランケットを取り出す。
ノイシュの腹に身を預けて、熱を持った足を投げ出した。
幸いな事に樹には大きな実が付いていたから、手に持てるだけ採ってきた。
甘い果実を口に含むと、ほんの少し不安が和らいだ気がした。
皆に心配をかけてしまってるだろう事が気がかりだったけれど、もうどうしようも無かった。
傍に小さく座り込んだ女の子へひとつ、一番美味しそうに熟れていた実を差し出す。
彼女はそっと受け取り口をつけた。

「キミはどこの街の子なの?」

「あっちだよ。パパとママはあっちにいるの」

指差したのは太陽の沈んでいった方向だろうか、藍色の空がぼんやり赤く霞んでいた。
服は煤で汚れ、焦げた痕がある。
小さな赤い靴は泥で汚れていた。

「いくさが始まったから先ににげなさいって言われて、にげてきたの。
パパとママはいっしょに行けなかったんだよ」

少女は鼻をすすった。
零れそうな涙を泥で汚れた手でこすったから顔がますます汚れてしまう。
ハンカチで涙を拭ってあげたけど、こめかみに切り傷があって痛そうだった。

「うん」

「パパとママに会いたいよう…」



自分も不安で仕方が無かったけれど、ノイシュの暖かさに段々まぶたが重くなってきた。
仲間が遠くない場所にいるけれど、女の子は随分心細いだろう。
何も喋らず、ただ俯いていたから。
「だいじょうぶだから」と何の確証も無い言葉を、何度も掛けた。
とうとう眠りに落ちる寸前に、彼女はぽつりと呟いた。

「おにいちゃんは、わたしをパパとママのところにつれて行ってくれる?」

返事をする前に、泥の様な睡魔に意識は溶けていった。




夢の中で、石畳を走っていた。辺りは炎が燃え盛っている。
追っ手達の足音が迫っていた。
大きな手のひらと、柔らかくて暖かい手のひらと、必死に掴んで走った。
爆音が轟き、二人の手が離れた。
倒れた二人…は何かを叫んでいて、一緒に逃げていた男達がそれに応えた。
(女の人は、その子を連れて逃げてくださいと紡いだようだった)
担がれ二人を置き去りにして、森へと逃げ込んだ。
全身が痛い。涙と共に落ちたのは血液…?

目を開けたら、炎に包まれた街ではなく、暗い森の中だった。
男の人達は、樹の傍で穴を掘っていた。
重苦しい雰囲気の中、大きく開いた穴の中にそれを埋めた。
手ごろな石と、咲いた花を摘んで埋めた土の上に置く。
供えたのは小さな玩具や赤い靴。
それらを終えて、皆深い森の中へ戻っていく。

「待って!」

叫んだ。何も聞こえてないのか、彼等は振り向くことは無く森の奥へ消えていった。
付いていこうと走っても。その場から離れられない。
少女はこの世の者では無くなってしまっていたのだから。

…―パパとママの所にかえりたい。







目覚めた時、薄い霧の中、彼女は消えていた。
かわりに靴が一足、傍に落ちていて。
元々は赤い色だったんだろう。長い時間雨風にさらされて風化している。

夢の中で男達が掘っていた場所。
膨大な落ち葉と土を掃うと、石が埋め込まれていた。墓標だ。
小さく身震いをして、靴を拾い上げる。
脆くなった靴の表面が剥がれて落ちた。

その靴を持って、昨日少女が指差した方向へ一緒に向かう。
今度は進める確信があった。でも戻ることはきっと出来ない。
少女の願いだ。昨日は延々と続いていた筈の茂みを抜け、西へ向かう。

両親が砲弾で傷付いた時に少女が一緒に負った傷は、致命傷だったんだ。
両親の元へ帰れると信じたまま、少女は自分が死んだと気が付かないであそこに居たんだろう。
自分を連れ出してくれる人を待ちながら。
だから、僕が連れて行ってあげなくちゃ。

ノイシュが強く鳴いた。
乗れといっている様だったので、迷わずその背に飛び乗った。
疾走するノイシュの背にしがみ付いて、森を越える。
霧は途切れ、金色の陽光が眩しかった。




破壊された村は復興もされず、ただ朽ちるに任せていた。
夢で見た街道らしき石畳は草が生い茂っていて、長い時間が経っているようだ。
誰かが作ったらしい樹の棒の簡素な墓がいくつも立っていた。

ノイシュの背を降り、道なりに歩く。
二つ並んだ墓標を見つけた、ざわりと暖かい風が空気を揺らした。
金色の夕日の中に、二人の影が長く映し出された。

『ママ…パパ!!』
少女は二人を目掛けて走り出した。
母親と父親は、少女を強く抱きしめた。
安堵に涙が零れ出す。迎えに来てくれたんだ。
ぼやけた視界の中、少女は笑顔でこちらに手を振った。

「よかった、やっと会えたんだね」

涙を拭って目を開けた時に、靴は無くなっていて、三人の姿は跡形も無く消えていた。
代わりに色鮮やかな花が咲き誇っていた。
一輪摘んで供えようと思ったけれど、一際強く吹いた風に攫われた。

怖くて少し大変だったけれど、もう不安は無かった。
やっと皆の所に帰れる。

「ノイシュ、帰ろう」










「姉さま!クラトス!ごめんなさい」

皆の所に帰りついたのは、昨日と同じ夕日は沈みかけて。
赤く空を染めた頃だった。
昨日と同じ場所に留まったままだったのは助かった。
ノイシュと共に帰り着いた時には、何事も無かったかのように夕飯の支度をしている所だったから。
一日予定を遅れさせてしまった事も申し訳なかった。
けれど。

「どうしたのミトス?」

「どうした、何かあったのか?」

三人は不思議そうな顔をした。
(ユアンは何故私だけ仲間外れなのかと、若干不満そうな顔だった。)
一日居なかったにしては、あまりにも淡白な対応に混乱する。

「え、だって、長い時間居なかったでしょ」

「お前が出て行って、すぐに血相を変えて戻ってきたから何かあったのかと思ったが」
ユアンは意地悪く「そんなに怖いのなら一人で森に入るな」と続けた。
混乱した頭に一気に血が上る。

「こ、怖くなんかないよ!!ちょっと子ども扱いしないでよ!ユアンの馬鹿!」

「言い訳しなくてもいいぞ。そうかそうか。」

「薄笑いが気持ち悪いよ!」

不思議なことに、森の中で一日過ごしたつもりだったけれど。
居なくなっていたのはほんの数分だったと皆は言った。
夢…にしてはあまりに生々しい感覚があったのに。
釈然としないまま、焚き火を囲んで夕飯を食べる。
まだユアンに茶化されていたミトスは、とうとう臍を曲げてしまった。




「そういえば、さっき荷物入れの中を整理しようと思ったんだけど」

マーテルは唐突に切り出した。
ユアンとミトスはもう寝てしまって、クラトスと二人で焚き火の前に座っていた。
荷物入れの中、お花でいっぱいだったの。と、マーテルは可笑しそうに笑った。

「ミトスの悪戯かと思ったけど、不思議なのよ。」

差し出したマーテルの手の上に乗っていたのは、この辺りには咲くはずの無い花。
ずっと西に進んだ向こうにある、先の戦争中に滅ぼされてしまった村の花だった。
鮮やかな橙色のそれは、荷物入れの中一杯に詰まっていた。


「この森の中では日光が足りなくて咲かない筈だから、ミトスったらどこで見つけたのかしら。」

「不思議だな。明日にでもミトスに聞いてみるか。」

「ええ。」





end







結構がんばったつもりですが、ストーリーとか描写の前に文法がおかしいです。゚。(p>∧もっと練習します。

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