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□スイートペイン
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「ミトス、風邪引くぞ」
一段と冷え込んだ夜だった。
熱い湯に肩まで浸かるという贅沢な事が出来るのも繁栄世界であるが故だ。
広い浴槽にたっぷりと溢れる湯は、身体の芯まで温めてくれていた。
いつもなら親友とはしゃぎまわっている時間だが、彼は熱を出して別室で休んでいる。彼の姉が看病してるので心配いらないだろう。
それより、風呂から出たままであろう濡れた髪のミトスに声をかける。
ぼんやりと外へ向けていた視線を遠慮がちに合わせ「ごめをなさい」と微笑む。
謝る必要は無いだろ?と備え付けのバスタオルをミトスに被せて無造作に拭けば、小さく悲鳴を上げていたがすぐに大人しくなった。
水分を含んで冷たくなったタオルをかたわらに放り投げると、くしゃくしゃの髪もそのままにミトスが拗ねた声を上げる。
「もう…いきなり酷いよ」
子供らしい仕草に、やっと自分に慣れてくれたのかと安心した。
いつもジーニアスに隠れていて、ちょっと自分が近づくだけで怯えてしまう。
彼が忌み嫌われた狭間の者である事実を考えれば当然だったが。
ミトスには悪いと思ったが、飼育小屋の白うさぎに似ていて少し可笑しかった。
今日は良い機会だと思ったので一緒の部屋割にしたのだが、彼にとっては人間と2人きりなのだ。
無神経だったなと後から思ったが、ようやく心を許して貰えたようで一安心だ。
しいなも言っていたが、本当に綺麗な顔立ちの少年だ。
少しコレットに似てると思う。
顔立ちだけじゃなくて、振る舞いとかも。
いつだって小さな身体で辛さに耐えて、笑顔を浮かべてる。……考え過ぎだろうか。
「ロイド?」
動きを止めてしまったのを心配してか、ミトスは小さく呟いた。
同時に微かに触れた指はひんやりと冷たく、ミトスが冷えきっている事に気が付く。
「ミトスお前、こんなに冷たくなってるじゃないか!」
「え…?…考え事してて気が付かなかったみたい」
「オレ、温かい飲み物取ってくるから」
何でも無いように笑みを浮かべたミトスに布団を被せ、部屋を出る。
ミトスに呼ばれた気がしたが、扉を閉じてしまった。
また後で聞こう。
「あれ、ロイド?」
隣の部屋から出てきたジーニアスが擦れた声を上げた。
「ジーニアス!もう平気なのか?」
「怠いけど熱は下がったみたいだよ。」
と、寝巻のままのジーニアスに並んで歩く。
2人分の足音が静かな廊下に響く。遅い時間では無いが、皆思い思いに過ごしているんだろう。
廊下を抜け、ほの明るいキッチンでは宿屋の女将さんが使い込まれた鍋を磨いていた。
自分等が入ってきたのに気が付いて、おばさんはにっこり笑ってくれたので気兼ね無く声をかけた。
「おばさん、何か温かいの欲しいんだ。」
「はいはい、ココアでいいかい?」
「うん、3人分よろしく」
ジーニアスが寒そうに震えたので、暖炉の側に移動した。
まだ本調子では無いから気を付けてやらなければ。
と、ジーニアスが微かに笑い声を上げた。
不思議に思って見ると、
「ロイドってなんだかんだ言って世話焼きだよね。3人分って…あと1つはミトスの分でしょ」
「ああ、部屋で待って貰ってるよ。なあなあオレ頼れる兄貴って感じだろ?」
胸を張って見せれば、やれやれとジーニアスは肩を竦め「自分で言わなきゃ良いのに」と苦笑いした。
ジーニアスなりの照れ隠しも含まれた言葉。
暖炉の中で赤々と燃える炎で暖を取りながら、此処にミトスも一緒に連れてくれば良かったと思った。
「あのね、ロイド。ミトスは…人間が信じられないんだと思う。」
ぽつりとジーニアスが呟いた。
ミトスが明かしてくれた秘密を、どこまで話していいか言葉をさがしながらゆっくりと話す。
「ミトスが人間たちから受けた仕打ち………ボクなら耐えられないよ。きっとミトスは今も未だ苦しんでる。」
「ああ。」
「だからね、ロイドもミトスと友達になってくれたらいいなって思ってるんだ!だけどそんなことお願いするものじゃないよね。」
勢い良くそこまで言うとジーニアスは言葉を切った。
「うーん…何て言っていいのかわかんねぇんだけどさジーニアスはミトスと友達だろ?」
「うん」
「オレとジーニアスも友達だろ?」
「うん」
少し意味を計りかねる…といった表情を浮かべたジーニアスに、満面の笑みを浮かべ。
「だったらオレとミトスももう友達でいいだろ!
あ、ミトスが良ければだけどさ。」
「……!ありがとうロイド!」
丁度良く元気な声が響いた。
「はい、お待たせしたね!」
おばさんがカウンターの上にマグカップを置く所だった。
ココアが甘い湯気を立てていて、2つを受け取る。
ジーニアスも両手で受け取って温かさを楽しんでいたが、我慢できず2人で行儀悪く口を付けた。
「美味しい!おばさんありがとう!」
ジーニアスは口にココアの後をつけたまま、笑顔を浮かべた。
馬鹿なロイド。僕が風邪なんかひく訳が無いのに。
さっきは「いらない」と断るつもりだったのだが、そう無下に扱うのもおかしいかと思いとどまった。
ミトスは布団に包まりベッドに身体を預け、ぼんやりと天井を見上げた。
宿屋の中の音に耳を傾けていたが、「友人」達の明るい声が徐々に近づいてきていた。
不意に胸を掻き毟られた様な気になる。
友達?
僕が最大の憎むべき相手なのに、何も知らないで滑稽すぎる。
だけどその青臭い感情に身を任せてしまいそうになる愚かな自分はもっと愚かしい。
結局どんな顔をすればいいか分からなくて、2人が扉を開いた時には寝た振りをしてしまった。
ロイドがマグカップをサイドテーブルに置いた音がして、ふわりと広がった香り…
大きな手がそっと、僕の頭を撫でて離れていった。
感覚など捨ててしまった筈なのに。
どうして、こんなに、泣きたくなるんだろう。
++ココアはとうにできあがっていたのに、空気を読んだ宿屋の女将さんに拍手を!(笑)