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□時期尚早
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もう日も傾き始め、柔らかな橙色の光が辺りを包み始めた。
どこか思いつめた様な顔を見せる少年。
膝を抱えたままの姿勢で、何か話したいことがあるのか一度口を開いたがすぐに一文字に結んでしまう。
少年が何を言うのか想像がつかなかったが、傍らに腰を下ろし、少年が口を開くのを待った。
風が吹きぬけ、さわりと緑がさざめいた。何も言わず唯傍らに居続けたが内心穏やかでは無い。
漸く山々の縁が黒々とした輪郭になった頃、ややあってぽつりと呟いた。

「…ユアンが。」

また無神経な男が何かをしでかしたのかと思案を巡らしたが、思い当たる節が多すぎて分からなかった。
俯いたままの少年の表情は隠れて見えない。無意識の内だが眉間に皴が寄る。
マーテルに『そんなに難しい顔をしてると、幸せが逃げてしまうわ』と微笑まれる…。
今はどうでも良いのだが。今はミトスだ。泣きそうな顔で勢い良く顔を上げた。

「ユアンが姉さまと、… キスしてた!」

「………」

その行為自体は恋人同士なのだからどうこう言う筋合いは無いが、ミトスに見られたという失態は褒められた物ではない。
姉に依存過ぎている彼にとっては一大事なのだ。傷つきやすい年頃でもある。
別段驚く程の事実では無かったが、やはりデリカシーの無さは天下一品だと心の中で悪態をつく。
どうやって声をかければ良い?と無言で思案するが良案など出てくる筈が無い。
恥ずかしい事だが全くと言って良いほど、恋愛経験は無い。のだ。

「クラトス。」

「………何だ?」

「ね、クラトス。キスしてよ。」

いきなり何を言い出すんだと声には出さなかったものの、開いた口が塞がらない。
そういえば、ミトスに好きだと言われた事は記憶に新しかった。
勿論軽んじていた訳ではなかった。だが、子供のある種の憧れと呼ばれる物とそれは酷く似ているものだと思っていた。

「……ミトス。お前には早いのではないのか。」

「そんなこと無い。僕だってもう大人だよ!」

「まだお前は子供だ。そんな事軽々しく口にしてはいけないだろう?」

「軽々しく なんて無い!!」

ミトスの気迫に押され次第に冷や汗が流れる。
私の腹の上に跨ったミトスは、鼻先がくっつかんばかりに迫ってきていた。
子供の『好き』の感情だと受け止めていたと後から後悔する破目に陥ろうとは。
無言のままで居ると、くしゃりと顔を歪めてミトスは言った。

「じゃあ…クラトスが好きって言ってくれたのは、嘘?」

「ミ…トス」

嗚呼、私がこの顔に敵う訳が無かろう。
結局の所、同性だからや子供だからと言い訳をつけて逃げようとしても、気持ちばかりは誤魔化せ無い。
確かに頷いたあの時も、今も、その気持ちに偽りは無いはずだった。
長い逡巡の後。頬へ流れ落ちる金の髪を掬いそのまま首へそして後ろまで沿わせる。
その動きにそっと瞳を閉じたミトスを引き寄せる。柔らかな髪が指をすり抜けさらりと揺れた。


正直に言うが、確かにこういった疚しい事も考えていない訳ではなかったのだが、ミトスと私の好きが食い違っている事を恐れていた。
今後これ以上の事をした時に拒絶されたら立ち直れないだろうという自己防衛本能だ。
情け無いことに。時期もきっと早すぎる。
やはり青少年の健全な育成の為には、少し自粛をしてもらわないと、こちらも身が持たない。
触れるだけの長いキスに、少し潤んだ瞳が柔らかく微笑んだ。


これで良かったのか悪かったのか分からないが、とりあえず我が戦友への恨み言はここまでにしよう。





++ほんの少しユアンに感謝。

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