textページ

□かわらないもの【前編】
1ページ/3ページ

** かわらないもの **
〜前編〜 





「そんな怪我で行くのは無茶です!ここにじっとしてて」

「嬢ちゃんは黙ってな」

武器の棍棒を支えにやっと立ち上がった彼の腕をミトスは掴んだ。
中年の男は旅業の最中という出で立ちで、荷物は魔物に食い散らかされていた。
散らばる荷物は崖の上に続いていた。
近くに倒れた女性に癒しの術をかけていたマーテルが、叫んだ。
「あの子が、連れて行かれてしまうわ!」

獣の鋭い牙が捉えたのは、幼い少年の足だった。
泣き叫ぶ少年にお構い無しにそれを銜えたまま走り出した。

「行かせてたまるか!!オイコラ離せ!?」

「ボクが行ってきます、だからここにいて。」

「馬鹿かっ、お前なんて恰好の餌食だろうが!!…ッくぅ」

踏み出した右足を庇い、男は蹲った。
悔しげに歪む顔には脂汗が滲んでいて、もう戦闘など出来る状態では無い。

「お願いじっとしてて。姉さま、クラトス!この人をお願い!」


獣の後を追って崖の上に躍り出た途端に、狼達が姿を現した。
この辺に群れで生息している獣達は、飢えた眼でこちらを見る。
直ぐに追いついてきたユアンと並んで、牽制した。

「ちっ、ここの獣共も凶暴化している!気をつけろミトス」

低い唸り声と生臭い息音、一頭がミトスを狙い飛び出した。
横に一閃。獣が刃に倒れる。
血飛沫の後ろから飛びかかる二頭目をユアンがダブルセイバーで薙ぎ倒し、
その勢いのまま振り抜き後ろの二頭を切り裂いた。
ミトスは先に走った。

「ユアンこそ油断しないで!ファイヤーボール」

ユアンが切り捨てた獣達を飛び越え先頭を走る獣に、火の玉が襲いかかる。
足を燃やされた獣はキャンキャンと甲高い声をあげ、少年を離し走り去った。
「ミトス行ったぞ!!」

ユアンのダブルセイバーから逃れた最後の一頭がこちらへ走ってきた。
ミトスは、怯え竦んだ少年の前に盾として立ったが
しかし戦意を喪失し尻尾を巻いて逃げる獣に追い討ちをかける事はしなかった。
崖の向こうに消えた獣を見て、もう安心だよと少年を抱き上げた。
太ももにはかなり深い傷が出来ていた。早く、回復術をかけて貰わないと・・・。
ミトスの腕に抱かれ、ほっとしたのかは少年は大声で泣き出した。
ユアンが苦々しい顔で子供を見る。
子供は嫌いだといった彼の声が聞こえた気がして、可笑しかった。

「甘すぎる。貴様はいつもいつもそうやって敵に情けをかける。
いつかはそうやって足元を掬われるんだ」

「彼らがこんな所までを餌場にしてるのはマナの減少の所為もあるから。
……極力、殺したくない。」

「フン、偽善だな。自分が死んでは何にもなるまい。」

「まぁそう言いつついつも付き合ってくれるんだよね。ユアンってお人よし。」

「五月蝿い・・・!」





「ほら、お父さんもお母さんも無事だよ。」

「馬鹿野郎、俺はお父さんじゃねえよ。」

「え?」

抱いた少年を、男に渡そうとすると男は顔を顰めた。
少年は大人しくされるがままになっていたが、寝かされた女性に気が付きそわそわしていた。
てっきり一家なのかと思いこんでいたミトスは目を丸くした。

「母親はあっちだ。俺は傭兵、名前はレジアス。坊主はあっちに連れてってやんな。」

「はい、すみません!」

まだ目の覚めない女性を心配そうに覗き込んでいたが、マーテルが優しく「今は寝てるだけだから、静かにしていましょう」とほほ笑むと、少年は安心して母親の横に座った。
そうしてミトスはレジアスの元に戻る。
噛み砕かれていた足はマーテルの治癒術とクラトスが添え木をして、何とか歩ける程にまでは回復しているようだった。
怪我人を背負って麓の村へ下りるのも危険だと判断して、何度か癒しの術をかけてレジアスの回復を待つ事にした。
女子供ならまだしも、大男一人抱えるのは大変だから。




次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ