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□平行線のジレンマ
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夜空には、星々が輝いている。

シルヴァラントと名付けられた、異世界の月も慎ましくも星々に負けんと存在を主張している。

月と星に照らされた山頂からは、ただ雲海だけが地平線の彼方まで広がっているのが見えた。小さく可憐なファンダリアの花が咲き誇っていて、上昇気流がその花びらを巻き上げてゆく。

月明かりを浴びて、淡く翡翠のように輝く花吹雪は、まるで空に向かって落ちてゆくように甘い香りを残して夜空へと消えてゆく。



幻想的だと、思わず息を呑んだ。

マナが少なく、衰退してゆく一方のシルヴァラントでは想像も出来ないほど、自然に愛されたこの光景。姉の危機を救おうと意気込んできた心が、一瞬その目的を見失い、ただただ眼前の光景に見惚れてしまう。





星々の光は山を照らし、月の光が柔らかくファンダリアの花を彩る。

高所特有の冷たい風も、舞昇る花びらたちのささやかな甘い蜜の香りを届けてくれて心地よい。

視界一面に広がる雲海が、この地をどこでもない幻想の土地に見せてくれていた。



だからだろうか。

浮かれてしまい、感想を共有しようと振り返り見た、キミの表情に二の句が繋げなくなる。

キミの笑顔の奥にある消えてしまいそうに儚い何かを、月明かりが不意に照らしてしまったのが見えた気がしたから。



だからだろうか。

キミが呟いた言葉を、ボクは聞き逃してしまった。







きっと、だからなんだろう。

ボクはキミが震えていると、気が付くことが出来なかったんだ。






















平行線のジレンマ



- You say goodbye. but I say ... -







[ 共に、歩み続ける線と線

 想い焦がれても、平行線は交わらない ]


















「ジーニアスはいつまでロイドたち人間と一緒にいるの?」

それは、まるで歌うように明るい声だった。至極自然に、他愛もない話をするような明るい声。

うつ向き、表情が読めない彼の真意が理解出来ずに、ボクはただ小さく

「えっ?」

と聞き返した。喉が詰まるようで、ちゃんと声に出来たかも判らない。ただ、何かを言わなきゃと焦るのに、乾いた口からは何の言葉も発せないまま。

うつ向いたまま、ミトスは唯一見える口元に微笑を浮かべる。





「ボクはジーニアスが心配なんだよ。人間はハーフエルフを差別する。人間はボク達を傷付ける。ロイド達も、人間だから」

顔を上げ、ミトスは困ったような笑みを浮かべた。

瞬間、見にまとっていた雰囲気が飛散したように感じてジーニアスは眼を丸くする。そして、ようやく息をすることを思い出したように深く息をつくと、手のひらに視線を落とす。

じっとりとした汗をかいた手のひらを見つめながら、

「ロイドは平気だよ。ロイドはボクや姉さんがハーフエルフだって判っても、変わらなかった。だから、安心して?」

ジーニアスは意識的に笑顔を作ると安心させるように努めて明るく返した。





「でも、ボクの姉さまを殺したのは人間だよ。ロイドはいい人かも知れないけど、他の人間は違う。人間と関われば、いつか傷つけられる。姉さまみたいに、助けようとした人間に殺されちゃうかも知れない」

その答えに、ミトスは瞳を細めた。そして悲しそうに瞳を伏せる。だが言葉は強く、ごうごうと鳴る風の音すら突き抜けるように凛と響いた。

一瞬、即座に答えようとしたジーニアスは口を閉じて言葉を探した。姉を殺されたミトスの悲しみ、自分を心配してくれた気持ち、それは簡単に言葉を返せるほど軽くはない。

うつ向き、沈痛の表情を浮かべて押し黙ったジーニアスを見つめたミトスは、

「ハーフエルフは人間と関わるべきじゃないんだよ」

ゆっくりと歩み寄ると、真っ直ぐに瞳を見詰めた。





「それでも……」

「それでも?なぁにジーニアス」

言葉が、頭を揺さぶるように叩き付けられる。まるで、心を穿つように深く深く突き刺さる。

そんな感覚に、ジーニアスは目眩を覚えてふらふらと後退る。しかし、ジーニアスは押し絞るように声を上げた。

すると覆い隠すようなミトスの声。包み込むように優しい響き。でも、その包容はどこか冷たくほの暗くてジーニアスは視線を合わせることが出来ない。

だが、

「ボクはロイド達といたいよ。

やっと見つけたんだ。ありのままで許される場所。ずっと探してたボクと姉さんの居場所。

もう、憎むのも逃げるのも嫌だよ」

ジーニアスは顔を上げた。

瞬間、深い空色の瞳と視線が交わる。その瞳は、揺らいでいるように弱々しく背けられた。





「……ボクにも、いたよ」

先ほどまで、ジーニアスを怯えさせた闇が、瞬間、消えたように感じた。そして、ぽつりと呟く。

その言葉の意味を、ジーニアスは思案する。





「ボクにもいたんだ。ボクや姉さまを守ってくれた人間。ボクは彼が大好きで、姉さまも彼を信頼してた。

何度も、彼はボクを守ってくれた。人間に追いかけられた時も、同じ人間の癖にって後ろ指さされても、ずっとずっと守ってくれた。

本当に、嬉しかった……」

ミトスは夜空を見上げて、懐かしそうに語りだす。幸せを噛み締めるように柔らかく笑いながら、溢れる気持ちを言葉にかえる。

それは、今まで聞いたどんな言葉よりも深い気持ちがこもっているように聞こえた。

元々おとなしい彼だが、こんなに穏やかな声や表情ははじめてみた。ジーニアスの表情に、自然と笑みが浮かぶ。

聞いた者を、思わず幸せな気持ちにしてしまう。そんな、柔らかい声と笑みだった。





「でも、彼はもういない」

だからだろうか。ジーニアスはミトスの小さな変化に、気付いてしまう。

夜空の星々さえも霞むように輝いていた瞳が、咲き誇る花のように柔らかかった表情が、一瞬でからっぽになったのにジーニアスは気付いた。

瞳は色を失ったように朧気で、表情は泣き出してしまいそうに儚い。なのに、口元だけは歪につり上がり笑みを浮かべたまんま。

思わず、息を飲むと

「きっと、彼は耐えられなかったんだよ。

姉さまを殺した人間である自分に。ボクが憎んだ人間である自分に。罪悪感で耐えられなかったんだと思う。

そして、人間を許せないボクに愛想がつきたんだ。彼はもう、ボクを守ってくれない。もう、ボクに笑いかけてくれない」

ミトスはそのまま、くきりと首だけを傾けるようにこちらを見て、人形のように生気のない眼差しで、

「だから、キミを守れなかった時、きっとロイドもキミを捨てるよ。ボク達が悪い訳じゃないのに、勝手だよね」

クスクスと、可憐に笑った。





「ボクが欲しかった幸せは、ただ大切な人と笑いあうこと。姉さまと彼らが笑ってくれること。

ボクが守りたかった居場所は、姉さまと過ごした小さな家だけ。

ボクは、そんなに沢山の物を望んだの?違うよねジーニアス。

キミはリフィルさんに守られて、まだ判ってないんだよ。人間は……汚い!」

ミトスの虚空を映した濁った瞳に冷たい闇が広がる。夜の帳よりも尚深い、からっぽな闇に射抜かれてジーニアスの体は震えた。

彼から溢れる憎しみに、呑まれてしまう。そんな錯覚に、ジーニアスは唾を飲み込もうと苦心する。からからに乾いた喉を潤したいのに、唾液すら出てこない。

自分に向けられた訳ではないはずなのに、凍りついてしまう深い憎しみと殺意。体が、死を連想してしまい震えが止まらない。





「探しにいこう」

「えっ?」

だからこそ、ジーニアスは真っ向からミトスを見つめた。

姉に守られ、友達に恵まれた自分がすることのなかった悲しい体験。その体験が、目の前の友達をこんなにも苦しめてる。

気持ちを奮い起たせるように大きく息を吐いて、ジーニアスはミトスに手を伸ばす。









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