海に恋した少年

□優しい笑顔
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「よっ。どうだった、新人は」

自分の部屋に戻ろうとさくさく甲板を歩いていたら、背の高い綺麗なお兄さんに呼び止められた。イゾウさんだ。

エースのことを聞かれているらしい。


「……やっぱまだ素直じゃないよね。抱きついたら思いっきり抵抗された」

「そりゃあ結構」

からから楽しそうに笑う顔を見て、私も笑う。


「……ねえイゾウさん」

「ん?」



優しく首を傾げたイゾウさんに、そのものずばり聞いてみた。


「エースのこと、すごく気になるんでしょう」



………不意を突かれたようで、イゾウさんは目を丸くした。


──エースがオヤジさんに負けてこの船に乗るようになってから、
どうしてかは解らないけれど、ときどき慈しむような視線を向けているのを知っていた。


「私の気のせいじゃないでしょ?」

「………あー」


困ったように笑うイゾウさん。おまえ意外と鋭いよな、と続けた。

「……あーいうはねっかえりを見てると思い出すもんがあるんだよ、おれは。
………まぁおれだけじゃないのかもな」

くしゃり、と大きな手が私の髪をかきまわす。
見上げるとイゾウさんは優しく目を細めていた。


「……マルコが口説いたんだってなぁ、あのガキ」

「……うん、マルコさんもずいぶん気に掛けてたね」

「ジョズもなんだかんだ目ェはなさないようにしてたし、サッチなんかは邪険にされてもかまわずいじってたろ?」

「サッチさんはちょっとしつこかったけど」

そう言えば私の時もそんな感じだったかな、サッチさんは。


………ここの人たちは1人にしてくれないんだよね。



「───それはおまえも一緒。しつこいくらいあいつの傍はなれなかったろ」


……や、サッチさんと一緒にされるのはちょっと乙女の沽券に関わるんだけど。
不満たらたらな目でイゾウさんを見上げると、イゾウさんはにっと笑った。



「……なんかほっとけないんだよな、あいつ」



ああそうか、
私が初めてエースを見たときに感じたあれは──





「…………そうだね」


そうだよね。
だってあの子、あんなに私たちのこと嫌ってたくせに───嫌うように頑張ってたくせに。



みんなが笑うと、照れてるのを隠すようにしかめっ面するんだもの。





………どうしてそうしてしまうのか。素直になれない気持ちを知っているから、ほっとけないのかもしれない。




「……エースはさ」



エースはさ。
難しいやつだよ、きっと。
イゾウさんがぽつりと言った。


「……難しい?」

「ああいう奴はな、こっちが全力で叫ばないと多分目も見てくれないぞ」

「………それ解るかも」


初日は無視された。
腹が立ったからタックルかまして無理矢理会話したけど、それでいっぱいいっぱいだった。


普通の人なら気を許してくれることでも、信じてくれようとしないんだ。

イゾウさんの言葉はすんなりと私の中に入ってきた。


「……愛してるなら愛してる、大好きなら大好きだって心の底から言わねェと信じないんだろうな。
そんな奴だよ、あのがきんちょはさ」

「………でも何回言ってもきっと信じてくれないよ、エースは」



あんないい奴を好きになるなって言うほうが無理な話なのに。

最初に会ったときから、自分が人に好かれるわけがないとどこかで壁を作ってるような奴だった。
………どんだけ自分に魅力ないと思ってんのかな。




「そりゃあ信じてくれるまで叫ぶしかねーさ、得意分野だろ?」

「……うん、まあね」


……一段落ついたところで。


「……ねえイゾウさん……髪、あんまされるとぐしゃぐしゃになっちゃうから」

「いいじゃないか、うら」

「きゃーっ!!!」

とうとう両手を使ってかきまわされた。これはもうだめだ、ナースさんに細い櫛をかりないと。


「………あ、噂をすれば」

「あ!エース!」


ちょうどいい、行ってきな。とイゾウさんに背を押されて、そのままエースの方に走りだした。






「エースッ!私エースのこと好きだからねーっ!!信じていいからね!!」

「はあッ!!?」





……あからさまに素っ頓狂な声を出したエースに向かう後ろで、
イゾウさんの耐えかねたような笑い声が聞こえてきた。







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