海に恋した少年
□優しい夜
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ひとりぼっちだ。
不意にそんなことを思った。
まだ夜明け前、みんな寝静まったとても静かな時間。だからかもしれない。
───私、ひとりぼっち、だ。
少し耳をすませば誰かの寝息や、衣のすれる音が聞こえてくる。本当にひとりぼっちなんて事はないと、ちゃんと解ってる。
……それでも唐突に泣きたくなる夜が時たま訪れる事を昔から知っていた。
世界から放り出されたように1人きりになったと、不安になる夜が。
「………」
ベッドから体を起こして、窓を見つめた。小さな丸窓は海風に晒されてかたかたと静かに揺れている。
……みんなが起きるまで、あとどれくらいだろう。どうせもう眠れそうにない。
物音を立てないようにそっと部屋を抜け出した。
室内でごそごそしても悪いし、波の音も聴きたい。
「………?」
外に出て幾歩も進まないうちに、静かな声が聞こえてきた。
こんな朝早くに起きていたのは自分だけじゃなかったんだ、と声の方へ足を進める。知ってる声だった。
高く、低く、小さく優しく。
ああこれ、
(───子守唄だわ)
知らない歌だった。
それなのに何故だろう、はっきりとわかる。
この歌は大切な誰かに、子どもに、無償の愛情を注ぐあたたかい女性の歌だ。
「………あ」
甲板に続く曲がり角を覗くと、背中が目に入った。……「父」の誇りを背負った、広くてたくましい背中。
───静かに歩み寄って、
すがりつくようにして抱きついた。驚かせてしまったようで、声が途切れる。
「歌って」
お願い。
そう言うと静かに、また声が流れていく。それを聞きながら目を閉じた。
(………心臓の音)
ぴたりと付けた背からそれが響いて、無性に泣きだしたくなってしまった。
暗くて狭い夜に、私は1人きりだと思っていたのに。
───ああ私、この人がこんなにも愛しい。
何も聞かずに歌ってくれる優しさに甘えて、気が済むまで背中に耳をつけて、命を刻む静かな音を聞いていた。