保管所

□君のためなら死ねる?(かいけつゾロリ)
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最初は、乗り気にはなれなかった。
一番やるべきだと思っていたことと違ったから。

「イヌダ タクジはシンディ・クロヒョードのボディガードをすること」。
動物警察の巡査・イヌタクが突如動物警察から与えられた任務の内容である。
ここ一月ほど彼女に悪質な嫌がらせが相次いでいるのだという。
彼女の所属する事務所から依頼があって、嫌がらせが収束するか、犯人が判明するまで動物警察が護衛を引き受けることになった。
今回はイヌタクがその番なのだ。

―――なんで僕が選ばれたんだろ?
任務を与えられたイヌタクが真っ先に考えたのがこの疑問である。
ボディガードの範囲は仕事に限ったことでなく、プライベートな部分も入る。
依頼者が女性であるのなら、護衛も女性の方が何かと融通が利く。
ましてや、動物警察の婦人警官は男性にひけをとらない強者ばかりだ。
自分がやることはデメリットばかりだと思わざるを得ない。

署内で忙しそうに書類に目を通している最中の上官に理由を聞くと、意外な言葉が返ってきた。
「お前ここんとこずっと働き詰めだろ?たまには楽な仕事をした方がいいんじゃないかと思ってな」
「私は全く問題ありません。だから通常通りかいけつゾロリの捜索をさせて頂きたいのですが」
上官が自分の身を案じてくれたのはありがたいことではある。
ただ、それ以上に自分にとってはかいけつゾロリの逮捕の方が優先されることであった。
「ただなあ」
上官は椅子に座り、書類から視線を外そうともしない。
「かいけつゾロリはいつ現れていたずらをするかわからないから厄介なのは、お前もわかってるだろ?」
確かに、ここ二ヶ月は出没情報がない。
情報がないと動きにくいのは事実だ。
「それはわかっておりますが、しかし」
「万に一つ奴の情報が出たらすぐに連絡するよ。今回は携帯電話も配布する。これは命令だ」
押し切られてしまった。
どうも「いい意味での強情さ」に欠ける自分の性分が少しだけ恨めしい。

翌日の21時、待ち合わせ場所である事務所にパトカーで出掛けた。
さすがは一流モデルを多数抱えている企業なだけあり、地価がべらぼうに高い場所にある。
施設も付近の一流企業の高層ビルと大差ない。
受付に事情を説明し、応接間に案内して貰うことになった。
動物警察の施設より遙かに速いエレベーターで上がる。

応接間を開けると、既に二人の女性がソファーに座り待っていた。
片方はよく知っている中年女性の警官である。
イヌタクの前にボディガードを務めていた。
もう一人は、依頼者のシンディ・クロヒョードに違いない。
「お待たせしました」
「あら、イヌタクさん」
先に警官がイヌタクに気付いた。
二人が立ち上がって会釈する。
イヌタクの前で、丁寧に手入れされた金髪が揺れた。

「シンディ・クロヒョードと申します。イヌダ巡査ですね?」
「はい」
細くて長い脚や手の指、紅い唇、キリッとした目。
美女と呼ぶに相応しい容姿だ。
嫌がらせを受けているはずなのに、あまり疲れたような表情はしてなかった。
やっぱり気が強いのだろうか、とイヌタクは想像した。

スーパーモデルという呼称は今や陳腐な感が出たせいで、多用されることはない。
イヌタクが初めて彼女を直に見たのは、まだその呼称が流行っていた頃のことだ。
彼女はイヌタクを全く知らないだろうが。
同僚達が揃って彼女のファンであると聞いたときはその影響力に驚いた。
ただ、自分のタイプではないな、と言った。
その直後、まさに「自分の理想の女性」を見つけたときはもっと驚いた。
惨めなことに、この女性を守りきることはできなかったのだが。

「イヌダ巡査、顔色悪いようですが大丈夫ですか?」
「えっ?いいえ、大丈夫です」
過去の苦すぎる経験を思い出したせいか、クロヒョードにはつらそうに見えたらしい。
「申し訳ございません、大したことでもないのに事務所が過保護なんですよ」
苦笑いをしている。
「イヌタクさんもシンディさんも、無理なさらないで下さいね。では私は署に戻ります」
警官が応接間を出る。
二人に余計な心配をかけてしまって、早くもこの任務を遂行できるかイヌタクは不安になったのであった。
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