保管所

□Statice(かいけつゾロリ)
1ページ/1ページ

ゾロリ城の建つ小高い丘には、侵入者を妨害するための大量のトラップが仕掛けられている。
ときにはうっかりした彼ら自身が引っかかってしまうくらいだ。
何も仕掛けずに、自然な形になっているのはたった一箇所だけ。
まだ日も満足に昇らない早朝、ミャン王女はこの場所を訪れていた。

花期がもうすぐ終わる薄紫色のスターチスの花束を抱えている。
その場でしゃがみ込み、そしてゆっくりと花束を置いた。
ただ、黙って目を閉じる。
今ここには自分を除いて誰もいない―――彼女はそう思っていた。



「ミャン王女!」
背後からよく知る男の声が聞こえ、心臓が勢いよく反応した。
振り返ると、起こさないようにしてきた婚約者の姿がそこにあった。
「ゾロリさん」
「君も、ママのお墓に来てくれたのかい?」
「ええ」
二人がいるのは、ゾロリの母ゾロリーヌの身体が眠る場所だった。

ゾロリもミャン王女の脇にしゃがみ、墓石を眺める。
「本当は、結婚式を城でやりたかったんだけどな」
残念そうに呟く。
「でも、きっとわかって下さるわ」
二人の結婚式は、今日の昼から始まる。
子分の二人は言うまでもなく、妖怪学校の関係者や、パルや、恐竜の一家など
これまでに出会った数多くの者が出席してくれることになっている。
このうち、恐竜のママとパパ、また怪獣の坊やの大きさが問題になった。
三人ともゾロリ一行にとっては大切な友人である。
結局彼女たちが住む「おっとっ島」で結婚式を開くことになった。
朝早く、四人は飛行機で島に急ぐ予定だったのだ。

「ああ、ママは優しいからきっとわかってくれるさ」
ミャン王女の言葉に同意するゾロリ。
「ゾロリさんが言うくらいなんだから、素晴らしい人だったんでしょうね」
「ああそうだ。優しくて、美人で、賢くて、たまに厳しくて……」
自分の大事な人を誉められ、いつも以上に得意気になる。
ミャン王女はそんな彼の態度が可笑しくて、嬉しかった。
「それにさ、ママの身体はここにあるけど、魂はいつだっておれさまを見ていてくれてるんだ。
今日だって、きっと会場まで来てくれるに違いないぜ」
ゾロリーヌの死後、ほんのわずかな時間だったが、いわゆる「あの世」で彼女と会うことができたとゾロリは話していた。
この世で精一杯生きることをゾロリは約束したという。
ミャン王女と離れていた間にいたずらを極め、城を手に入れ、最後の夢ももうすぐ叶わんとしている。
母との約束を見事に果たした彼を夫にできることは、ミャン王女にも誇らしいことだった。
「結婚式が終わったら、これでもういつ死んでも悔いはないぜ」
そう口走ったときには、流石に縁起でもないと怒ったが。
『こちらの世界』はミャン王女がいた無限の繰り返しとは全く違う。
万物が変化し、誰もが老い、そして死ぬ。
ゾロリも自分も、いつかはゾロリーヌに会えるのだろう。

スターチスはドライフラワーに利用される花だ。
枯れてしまっても、その鮮やかな色は残り続ける。
そんな花の持つ言葉は「永久不変」。
今の自分には、どうもそぐわないとミャン王女は思っている。
自分はゲームの世界の永久不変を捨てた立場にいる。
いや、正確には、彼女を見かねた父王が許してくれたのだ。
永遠に不幸でいるより、一瞬でも幸せであって欲しいと父は願った。
ゾロリーヌも父も、限られた時間の生を充実させろと子供に命じた。
きっと世の親は皆そうなのだろう。

それでも、今日ここにこの花を持ってきたのは、やはりその花言葉のためだ。
ゾロリーヌへの誓いを花に託したかった。
「ゾロリさん、私『お義母様』と呼んでいいのかしら?」
「勿論さ!もっとフレンドリーに『ママ』でもいいぞぉ」
「それはちょっと……」
馴れ馴れしいわよね、と心の中で突っ込んでみた。
再び目をとじて左右の掌を合わせる。

―――お義母様、私この人をずっと一番に想っていたいのです。
―――このスターチスの花のように、ずっと、ずっと。

目を開くと、隣にいたゾロリが立ち上がり、手を差し出した。
「行こうぜ。あいつらそろそろ起こさないと遅刻だ」
「はい」
二つの手が重なった。

「ねえゾロリさん、スターチスの花言葉って知ってる?」
「んー、いくらおれさまでも花言葉は知らないな」
「『永久不変』と、『知識』と、『いたずら心』なのよ」
「おっ、それは天才のおれさまにピッタリじゃないか!これから毎日墓に供えるか!」
三つのうち二つを大層気に入り楽しそうなゾロリと一緒に、ミャン王女は夜が明けつつある空の下を歩いていった。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ