保管所

□安物買で地固まる(かいけつゾロリ)
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いたずらの王者になる夢。
でかい城を建てる夢。
そして、可愛いお嫁さんを得る夢。
これは自称天才ゾロリが全ての夢を叶えた直後の、ささいな出来事の話である。



もうすぐ七月になろうかというある日、ゾロリは城の地下にある発明部屋で新作のマシンの製作に没頭していた。
今はまだ取りかかったばかりのマシンだが、三日後には完成するはずだ。
「ゾロリせんせ、これができたらお客さんがみんな困るだよ」
「ボウリング場が商売上がったりになるだよ」
子分の二人もマシンが完成した後のいたずらに大乗り気である。
「ああ、おれさまもGマークしか出ないモニターを想像すると楽しくて仕方ないぜ」ニヒニヒと笑いが止まらなかった。

ゾロリの計画はこうだ。
今作っているマシンはラジコンを応用したもので、受信機はボウリングの球の形状をしている。
ゾロリ達が送信機を操作することで、受信機は彼らの思い通りに動く。
ボウリング場の球を全てこれにすり替えたらどうなるか―――全てをストライクにすることも、逆にガーターにすることも可能である。
元来悪い者でありたいと願うゾロリは、勿論後者で遊ぶつもりだ。

他の二つの夢と違い、いたずらの王者は常に努力を強いられるものである。
いつ、誰がゾロリに次の王の座を奪いにかかるかわからないからだ。
いたずらの王者の道は厳しく、そして終わることがない。
もっとも、想像力とそれを具現化するだけの悪知恵を持ったゾロリ自身にとって、苦でもなんでもなかったのではあるが。

そんな妙に明るい空気が、一人の少女の声で一変した。
「みんな!」
「ん、なんかあったのか?王女」
ゾロリが王女と呼んだ新妻、ミャンが発明部屋に突如入ってきたのだ。
「洗濯機が動かなくなったの。ゾロリさん、見てくれる?」
「洗濯機?買ったばかりなのにな」
いくらべらぼうに安かったとはいえ、やっぱりブルル電機の商品なんて買うんじゃなかったぜ、とゾロリは後悔した。

ミャン王女によれば、洗濯機は水を入れるまではいつもと同じく稼動したものの、そこから全く反応しないのだという。
おかげで洗濯機の中は洗剤と水とかいけつスーツをはじめとする洗濯物が中途半端な形で混ざってしまっていた。
「とりあえず、この中を何とかしないとな」
機械に異常に強いゾロリが修理することは簡単なはずだが、問題はむしろこの洗濯物だった。
イシシとノシシにそれぞれ桶と洗濯板を持ってこさせる。
男三人で旅をしていた頃も多用していたわけではないが、捨てずにいてよかったと思う。
「ゾロリさん、それってなあに?」
ミャン王女が不思議そうに板を手に取った。
「ああ、ミャン王女は知らないのか。これを使って手作業で洗うんだ。
今じゃほとんど使われなくなっちまったけどな」
「あ、そういえばずっと前にお城の人が使っているのを見たことがあるわ!ゾロリさん達の世界にもあったのね」
これからやることが理解できたらしく、ミャン王女は腕まくりを始めた。

それを見てゾロリは驚き、彼女を止めようとした。
「ミャン王女、これはおれさまが全部やるよ」
「どうして?これは私のお仕事だわ」
少し悲しそうな顔。
ゾロリは彼女を見て困ってしまった。
やや答えにくそうに理由を説明する。
「『こっち』の洗剤は汚れが落ちやすい分、直に触るとすぐ手が荒れるのさ。
あいにく今ゴム手袋がないから、君が洗うのは……その、可哀想、だろ?」
最後の部分は照れが入った。
さすがゾロリせんせ……と言おうとしたノシシの口を慌ててイシシが塞ぐ。
もし止めなかったら、鉄拳が飛んできたに違いない。

「ゾロリさん……」
それでもゾロリの思いやりはミャン王女に確かに伝わったらしく、頬を赤らめつつ微笑んだ。
そんなに嬉しそうにされると、恥ずかしさを隠そうとしていたゾロリまで顔に出てしまう。
「だ、だからこれはおれさまがやるからミャン王女は何もしなくていいんだぜ、な?」
ゾロリの提案に、王女は首を横に振って応えた。
「ゾロリさん、私あなたにそう言って貰えて本当に嬉しいのよ。
でも、全部あなたに任せるわけにはいかないわ。
『こっち』に来る前、お母様がね、『ゾロリさんに甘えてばかりじゃダメ』と言ってたのよ」
三人とも、王女の意外な反応に驚き、黙って聞いていた。
「それにね、私、お洗濯ができることが嬉しい。
他の人には面倒くさいことかもしれないけど、今までこんなことできるなんて思わなかったから。
新しい何かをして、それで人のためになるって、素敵なことだわ」
ミャン王女がゲームの世界から再び飛び出してからまだ日が浅い。
ゾロリたちにとっては何てことない全ての出来事が、彼女の目にはどれも新鮮な輝きを放って見えたのだ。

「わかったよ。洗濯が君にとって嬉しいなら、おれさまは止めないさ。
『人のため』ってのはおれさまのお嫁さんとしてはちょっと問題発言だけどな」
ミャン王女の真剣さに押され、ゾロリは自分の意見を修正した。
変な部分につっかかるのは、何とも彼らしいが。
「だが、やっぱり手が荒れるのはおれさまが嫌なんだ。
おれさまが洗うから、君は干すだけでいいぜ」
「わかったわ、ゾロリさん」
今度は嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、私外のホースの準備をするわね。
ゾロリさんは洗濯物を持ってきて」
指示するなり、王女は城の出口から外に向かっていった。

二人の世界に水を差さないようにしていたイシシだが、ミャン王女が姿を消した後、ゾロリに疑問をぶつけた。
「ゾロリせんせ、干す前にすすがなきゃいけないだよ?
せんせがすすぎもやるんだか?」
「ぶあっかもーん、それはお前らがやるに決まってるだろうが!」
やっぱりか、まぁ仕方ないだね……と思いつつイシシはため息をついた。

三人が持ち物にバケツも加えて外に出ると、梅雨の最中だというのに、この日ばかりは洗濯日和だった。
既にホースからは水がすぐに出せる状態だ。
ゾロリが洗い、イシシがホースの水とバケツですすぎ、ノシシが絞り、そしてミャン王女が干すという流れ作業。
最初に王女が手に取ったのは、夫のいたずらのためのマントだった。
皺にならないように丁寧に延ばしてから、背伸びして物干し竿にかけていく。

小さな身体で家事をこなそうとする新妻の姿があまりにも可愛らしくて、洗濯を続けながら、ゾロリはブルル電機にほんの少しだけ感謝した。

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