懐石 花見月

□11.割り前勘定
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11.割り前勘定



「おおかた脅されてるとかで言えねえ事情があるんだろ」
「ちがうよ」
「…お前、嘘下手だな。いいか、俺らはヒーロー一家だから逆恨みされることなんてザラにあるんだ。親父はあんなだから余計な…分かるだろ。でもだからこそ『そういうこと』の対策のノウハウはあるんだよ」
「…でも」
「透子。俺がちゃんと守るから、俺を信じろ」

焦凍くんが私の肩を掴んで真っ直ぐな目で真っ直ぐなことを言うので「だって私だって焦凍くんを守りたいよう」と感情が溢れてめそめそと泣いてしまった。

「そりゃ分かるよ。こんなボコボコにされて何があったのか気にならないわけないけどさぁ、でもさぁ」
「お」
「でも焦凍くんを、おじさんを、冬美さんを守りたいんだもん。大切なんだもん。私は焦凍くんたちが、焦凍くんが大好きだから私が守りたいんだよ」
「は?」

あ、と思った。
ぐちゃぐちゃの顔で焦凍くんと目があって、そうっと側にあったハンドタオルを手にとって顔を押さえた。沈黙と静寂が永遠に続くんじゃないかと思うくらい長く感じて涙も引っ込んだ。
あれ?私今何を口走った?というか焦凍くん気付いたら私のこと名前で呼んでる?どうして?今日のご飯何にしよう?作れるのかな?今私自分で立てるんだろうか?冷蔵庫に何かあるかな?クリーニング取りに行けなかった…あ、昨日洗濯物干しっぱなしで出かけちゃって誰か取り込んでくれたかなと走馬灯のような早さで色々な(主に家事)ことが頭をよぎった。



「悪い、もう一回言ってくれ」



私が立っていたらずっこけていたところだ。タオルをずらして焦凍くんを見たらきょとんとしていて、本当にこの人は…と呆れかけたけれど惚れた弱みというやつか好きな気持ちが増すばかりだった。

「だ、だから、え?どこから?」
「…いや、すまねえ。悪い、聞き間違いしたかもしれねえ」
「え!?ちがう、聞き間違いじゃない、です?」
「え?」

お互い噛み合っているのかいないのかよくわからないまま、私は顔が真っ赤だし焦凍くんはポーカーフェイスで、ただ肩に触れている手がどんどん熱くなっていく。

「しょ、焦凍くん…えと、えーっとね!焦凍くんが、好きなので、私は、あなたを守りたいわけです」
「…」
「…でもそんなの気持ち悪いかなと思うので、もうすぐ家を出るので安心してくださいって思ってたわけなんだけど、この間の女の子のお友達に早く出てけって殴られて元々その予定だったのになって悔しい思いをしたわけです。」
「はあ?」
「うん、チクったら放火して死ぬって言われたんでそんなの嫌で、それで、こんな感じです。以上です。」


言い終わった瞬間、焦凍くんの左目の奥に炎を見たような気がした。私はロボットのように言葉を区切り区切り話し、同時に頭の片隅であーあと自分にがっかりしていた。
自分で決めたことをこんなにあっさり覆すなんて意志薄弱だ。
焦凍くんは真顔のまま少し考えているようだった。私は正座したまま返事が返ってくるのをじっと待つ。


「名前分かるか」
「女の子の?…如月さんていうらしいけど、多分」
「そうか。教えてくれてありがとな」
「あ、待って!如月さんはほんとに焦凍くんのことが好き過ぎてこんなことしちゃっただけだと思うから、その。」
「こんだけ酷い暴行受けてんだぞ。庇うことねえだろ。」
「それとこれとは別っていうか…うまく言えないんだけど」
「…分かったよ。けどお前はちょっと優しすぎるところがあるよな……しかし奇遇だな」

焦凍くんが桶とタオルと水を持って立ち上がり、襖を開く。窓から入ってくる光はまろやかで眩しく、外から聞こえてくるヒバリの鳴き声と合わさりまるで映画のワンシーンのようで見入ってしまった私に、焦凍くんが振り返って言った。

「俺も透子が好きだ。何があっても俺がお前を守るから、この家で安心して待ってろ」


残された私はきっと頭の先から爪先まで真っ赤になっていることだろう。入れ違いに冬美さんの足音が聞こえてきて、私は一生懸命平静を装おうとして顔面をゴシゴシと擦った。


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