懐石 花見月

□10.水物
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10.水物



うなされて朦朧としながらもその度に手のひらに温かさを感じて安心して意識を手放すというのを何度も繰り返した。暗いトンネルの中にいるみたいな夜だったのに、その右手だけが優しかった。



眩しさにぼんやり目を覚まして、横を見たら焦凍くんがあぐらをかいて座ったまま眠っていた。周りには桶や水やタオルがあって私は看病してくれていたんだ、右手が温かかったのは現実だったんだと思った。
起き上がったらおでこからおしぼりがぼとっと落ちた。布団から腕と足を出して見てみたけれどアバターほど青くなってはいなかったし、顔は顎が痛いくらいで目はぱっちり開き鼻で息もできた。ただ全身とてもだるくてじんじんと痛かった。

「焦凍くん、焦凍くん」

寝転んだまま腕を伸ばして焦凍くんを揺すった。焦凍くんは低く唸って目を覚ましたと思ったら、私を幽霊でも見るかのような顔で見つめる。私は何を言おうか一瞬悩んで、一言ごめんねと言った。

「良かった」

焦凍くんは大きくため息をついたあと私をきつく抱きしめた。私はまだ夢心地で、何が起きているのかレスポンスの遅い頭で考えようとしたけれどやっぱりよく分からなかった。
力任せにぎゅうぎゅうくっついてくるのでさすがに傷が痛くて、ギブの合図で背中をぽんぽん叩いたらそのまま頭を撫でられた。こ、これは何か勘違いされている気がする…。

「…何があった?誰にやられた?お前なかなか帰ってこねえから、」
「ごっごめんね…ごめんね」

体を離した焦凍くんの目の端から涙がぽろりと落ちた。同い年の男の子が泣くのを見たのが久しぶりで私は動揺したけれど、本当に心配してくれていたことが伝わってきて私ももらい泣きしてしまった。

「今日は何日?」
「7/16」
「そっか、まだ昨日の夜かあ。……警察には…?」
「…通報してねえ。志摩嶋が何度も言ってたから」
「え?私が?」

あの後高熱が出ているうえ意識は(多分)ないのに「けいさつにはぜったいいわないで」とうわ言のように繰り返し呟いていたらしい。おじさんも冬美さんもそれでも通報するべきだと言う意見で一致していたが、焦凍くんがここまで言うなら私の意識が戻るまで待とうと2人を説得してくれたそうだ。

「そっか、ありがとう…」
「…場合によってだ。俺だって納得してるわけじゃねえ。何があったかどうしても言えないなら警察に通報せざるを得ないし親父にも調査してもらうからな」
「え…えぇ!?待ってよ、」


"早く出ていってください。あと警察に言ったらトドロキくんちに火をつけて私も一緒に死にますよ"

喉がヒュッと鳴った。如月を怒らせると厄介だ、とあの男の人は言っていた。冗談や脅しじゃなく、やる時は本当にやってしまうタイプの女の子なんだと思う。
どうしたらいいんだろう。どうしたらこの優しい人たちを守ることが出来るだろう。あと少し…あと少しで迷惑をかけずに去ることが出来るのに。
焦凍くんはじいっと私を見る。私は良い言い訳を考えていた。

「透子」

また焦凍くんは私を抱きしめた。今度は優しい力で。

「大丈夫だ、俺たちはヒーローだから」


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