懐石 花見月

□5.揚物
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5.揚物








6時間目が終わり、下駄箱のローファーを掴んだところで冬美さんから夏休みに向けての宿題作りが忙しく今日は残業になると電話が入った。

「大変ですね…お家のことやっておきます。無理しないでくださいね」
「ありがとう透子ちゃん。全然終わらないのよお。お父さんも遅いらしいんだけど、焦凍はいつも通りの時間に帰ってくると思うから。あの子がいれば怖いことないよ。」

強いから、と言って冬美さんは笑った。私はそういえばそうだったと思い、二言三言言葉を交わして電話を切った。

居候させていただいている間だけと恐縮して作ってもらった合鍵を使って帰宅し1人で夕飯を作った。しんと広いこの台所で、1人で忙しなく動くのも悪くない。もうここに来てから3週間が経とうとしていて勝手知ったる、である。
学校帰りにスーパーに寄ったら大根が安かったので夕飯のメインは大根と豚ひき肉のうま煮にすることにした。あとはたまごとわかめのお味噌汁、チンゲンサイとにんじんのナムル、アスパラの白和えを作って、食後のデザート用に桃を剥いておく。
ガラガラ、と引き戸の開く音が聞こえた。


「ただいま」
「おかえり焦凍くん。今日も暑かったねえ」

私はエプロン姿のまま出迎えてご飯がちょうど出来たこと、おじさんと冬美さんの帰りが遅くなりそうなことを伝えた。焦凍くんは少し間が空いて、そうかと一言だけ残して部屋へ向かった。手を洗ったらこっちに来てねと背中に投げかけて、その間に盛り付けを済ませようと台所へ戻る。

思えば焦凍くんと2人だけで食事を摂るのは初めてだった。普段は居間まで運んで食べているけれど、2人だけなら手間を省いてしまおうということでダイニングテーブルで済ませることにした。
並べた料理を前にして、いただきますをした後焦凍くんが言った。

「…いつも大変じゃねえか?」
「ん?何が?」
「学校行って、買い物して、家帰って飯作るの」
「あぁー…私のは半分趣味みたいなものだからね。大変だけど楽しいから全然平気」
「そうか。いつもありがとな。」

美味いよと言って率直に褒めてくれるのも、丹精込めて作った料理をどんどん食べてくれるのも嬉しかった。食べ盛りの人がいるとすごく作りがいがあって楽しい。
しかし、こうして向かい合ってまじまじ見てみると本当に綺麗な顔をしてるなと思う。先生が周りに言わないほうがいいと言った理由が今やっとわかった。
こんな美少年と一緒に暮らしているなんて周りに知れたらとんでもない噂が流れてしまいそうだ。

「私、家に入る時もっとコソコソしたほうがいいかもしれない…」
「は?何でだ?」
「ううん、こっちの話」

(失礼ながら)おじさんに似ているのは髪と瞳の色くらいで、顔立ちは全然違うのできっとお母さん似なんだろうと思う。
…そういえば、轟家のお母さんはどこにいるんだろう?それとも、いないんだろうか。こんなにお世話になっているのに挨拶もしていないので、いるのなら伺わなくては失礼だと思った。

「失礼なこと聞いたらごめんね。焦凍くんのお母さんって…?」
「…お母さんは病院に入院してる。最近は大分調子良さそうだけど」

前に色々あって、と濁された。急に表情が曇ったので「ご挨拶したかったんだけど難しかったら全然大丈夫だから」と慌てて返したら、少し考えて次会った時伝えておくと言ってくれた。



ーーーーーーーー数日後。




「志摩嶋」
「ん?」
「今度の日曜日空いてるか」
「…?空いてるけどどうしたの?」
「お母さんが会いたいって」


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