懐石 花見月

□4.焼物
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4.焼物





枕元にある時計を見たら1時半を回るところだった。パッと気持ちよく目が覚めてどうしてこんな時間に、と不思議に思ったが寝る前にコーヒーゼリーを食べたことをすぐに思い出した。

夕飯の後、戸棚の奥に賞味期限間近のコーヒー豆を見つけたので焦凍くんにミルでごりごり挽いてもらい、冬美さんはそれを大きな計量カップでじっくり淹れて、私は仕上がったコーヒーとゼラチンを混ぜてせっせとカップに注ぐという流れ作業が始まった。みんな徐々に効率的になっていくのが面白くて、3人でコーヒーゼリー屋でも開こうかと冗談を言った。
結果12個も出来てしまい、おじさん(ここではみんな轟さんなのでそう呼ぶことにした)は帰宅が不規則なのでカウントせず、冬美さん、焦凍くん、私の3人で1人頭1日1個食べたとしても4日かかってしまう。折角作ったものを捨てることになってはつまらないので、今日はとりあえず2個ずつ食べましょうと言うことになったのだ。
苦味の強いコーヒーで、とても私の好きなコーヒーゼリーに仕上がっていた。3人で味がいい食感がいいと自画自賛しながら完食し、それからはいつも通りお風呂に入って眠りについて、今だ。

参った。明日というか今日も普通に学校があるので二度寝したかったのになかなか難しそうで、寝なければと思えば思うほどどんどん目が冴えてくる。
私はしばらく布団でゴロゴロして、やっぱり二度寝は出来なそうだなと諦めてお茶を飲みに暗い台所へ向かった。
台所について手元灯の紐を引き冷蔵庫を開けた。冷えた麦茶を喉に流し込むと余計にスッキリしてしまいこれは失敗だったかもしれないと少し後悔した。
飲みながら手元灯のカバーが油で汚れているのが目に入る。
まあ、どうせ眠れないし…とうっかり手をつけてしまったのがこれまた間違いだった。







「…志摩嶋?」
「うわ、」

五徳にこびりついた焦げをゴシゴシと落としているところだった。一向に眠くなる気配はなくもう2時を過ぎていた。

「びっ…くりした。どうしたの?」
「お前こそどうした」
「あ、なんか目が覚めちゃって。じっとしてても眠れないしちょっと疲れてみようかと」
「ああ、そうだったのか。俺も似たようなもんだ」
「…コーヒーゼリー?」
「多分な。それ力いるだろ」

代わると言ってくれたので素直にゴム手袋を差し出した。黄緑色のゴム手袋は焦凍くんにはあまり似合わないなと思う。
明らかにさっきの私より強い力でゴリゴリと汚れをこすり落とすのを見て、私はそれならばと手元灯カバーの拭き掃除にシフトした。
薄暗い中、横並びでぽつぽつとおしゃべりをしながら夢中で掃除をした。彼がもろに力技で五徳をつるつるにしていくのを横目で見ながら手元灯カバーの柄の溝に沿って繰り返し雑巾を滑らせる。裸電球が眩しくて、私たちは目をしぱしぱさせながら眠気がくるのを待った。
よく考えれば、お得意様とはいえ深くは知らない人たちと暮らしているなんて不思議だ。人の縁は奇妙だ。轟家で日々を過ごしていく中でみんなの人物像がぐんと解像度を上げて私の人生に飛び込んでくる。

いつかこの日々を懐かしく振り返る日が来るんだろうか。1人でも、誰かとでも。
そしてそれは少し寂しいことのように思えた。

「あれすごく美味しく出来たのは良いんだけど食べる時間考えるべきだったね。」
「そうだな。それにどう考えても食い過ぎた」
「ふふ、夢中になって作ってたら冷蔵庫パンパンになってたもんね。でもそのおかげで台所がどんどん綺麗になっていくよ。」
「怪我の功名ってやつだな。でも明日のこと考えるともう時計見たくねえ」
「うんうん、分かる。焦凍くんも明日学校あるよね?」
「ああ。明日は座学が多いから絶対ねみぃ」

そう言って彼があくびをして、私もつられてしまった。あ、ちゃんと眠いじゃんと思って私が笑い、焦凍くんもつられて少し微笑んだ。
お互いやっと眠れそうなことに安堵して、後始末をしてからお休みと言い合って眠りについた。
冷たい枕に顔をすりつけながら、まるで第二の家族みたいだなと思い目を閉じる。それくらい私にとって居心地のいい、楽しい家だった。


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