懐石 花見月

□2.造り
1ページ/1ページ



2.造り





被害を受けた当日は避難した先にあったホテルで一夜を明かした。夢で何度もヴィランに襲われ、その度に汗をびっしょりかいて目を覚ました。そしてさっき起こったことも悪い夢だったら良いのにと願い、見知らぬ天井を目にして落胆するというのを繰り返した。

「轟さんちは大丈夫だったかな…」

暗い部屋で冷蔵庫に入っている水を飲みながら焦凍くんの後ろ姿を思い出す。
轟さん…炎司さんとは父が懇意にしていたこともあり顔を合わせることが多かった。サイドキックの方々を連れてお店に顔を出してくれることもあるし、家が近いのでこちらからちょこちょこご挨拶に伺ったりもする。
轟さんは見た目はかなり怖い人だが悪い人ではない、と思う。私からするとよくいる無愛想なおじちゃんと言った感じだが、しかしそこはNO.2ヒーロー、慕っているヒーロー志望の学生さんも多いようでエンデヴァー行きつけのお店として雑誌に載った途端にわかに客足が増えたのですごくバタバタしたのを覚えている。
ご家族全員でお店に来られることは無かったけれど、たまにお姉さん、お兄さんと焦凍くんの3人でお昼ご飯を食べにきてくれてたっけ。
焦凍くん、同い年の私が言うのも何だけど立派になったな…。

もう一度ベッドに潜り込んで目を閉じた。擦りむいた鼻と頬がじくじく痛んだが、もう悪夢は見なかった。









翌朝のテレビで昨日のヴィランが逮捕されたことを知った。私たちは安堵し、同時に映し出された町の様子に愕然とした。私たちの家がある通りに建物の形を保っているものはひとつも無くなっていた。土埃が舞い看板がひっくり返っていて電線が切れて道路に垂れている。

「お父さん…」
「とにかく、一度店に戻ろう」

そう言って父は身支度を始めた。私も母も何も言えなかった。ただ心細さだけが募っていく。

瓦礫の山に足を取られながらなんとか家だったところにたどり着いた。見るとお鍋もこだわりの徳利もシンクも照明器具も破壊されつくしていた。じゃりじゃりと割れた食器を踏みながらひしゃげたお店の入り口を見た。
写りこむほど丁寧に磨いたテーブル、少し色褪せた小上がりの畳、掛け軸もまだそこにあるのに一晩ですっかり変わり、もう別の家のようにそっぽを向いている。
途方に暮れるとはこういうことかと私は思った。やっと、これからだったのに。

悔しさとやるせなさで涙が止まらなかった。ヴィランが憎くて仕方なかった。肩を落とす父にかける言葉が出てこないことが歯痒かった。泣き崩れる母を支えることしかできない自分の無力さが情けなかった。



「志摩嶋さん」
「炎ちゃん……」

振り返ると轟さんと焦凍くんがいた。



「こうなる前にヴィランを捕まえられず、本当に申し訳ない」
「いやあ、炎ちゃんが謝ることじゃねえよ。しかしこんなにあっけなく潰されるとは、」

父は俺もこの家ももうガタが来てんのかねえと軽口を言って、轟さんはもう一度謝った。

ある程度瓦礫の撤去作業が終わってから、轟さんの家へお招きいただきご好意で泊めさせていただくことになった。本当にあたたかい、優しい心遣いに私たちは感謝した。

その夜ぽつりぽつりと話をした。
これからお店を立て直そうと思っていること、ヴィランがとても怖かったこと、あんなのと日々戦っているヒーロー達はすごく勇気があるということ、怪我人が少なくて良かったこと。

「焦凍くん、あの時は助けてくれてありがとう」

私は焦凍くんに助けてもらったのにお礼を言っていなかったことを思い出し深々と頭を下げた。

「…顔、転ぶ前に助けてやれなくて悪いな」

店も、と焦凍くんは悲惨なことになっている私の顔を見てバツが悪そうに言う。
私はそんなことを言われると思っていなかったのですごく驚いた。轟家は自分が悪くないことも謝る家系なんだろうかと少し面白くなって笑ってしまった。焦凍くんはきょとんとしている。

「ふふ、焦凍くんには感謝しかないからやっぱりありがとうとしか言えないや。お店が潰れちゃったのは悔しいけど…やっとこれからだったのになあ。」
「これから?」
「うん。私の作ったお料理をどんどんお店で出してもらおう!と思って頑張ってたんだ。」
「そうだったのか。」

んな簡単に出してやんねえよとの父の指摘は聞こえないふりをした。
レシピノートも無くなってしまったしこれからどうしようかな…と半分独り言のように呟いていたらぱたぱたとやって来た冬美さんが食後のお茶まで出してくれた。香ばしくてとても落ち着く味だった。


「…ねえ透子ちゃん、ちょっとお話聞こえちゃったんだけど 」
「?はい」
「うち、お手伝いさんが辞めちゃって今人手が足りないの。」

良かったらうちのまかないさんになってくれない?ね、お父さんいいよね?と冬美さんが言う。轟さんはああと短く答えた。

「えっ…いやそんなご迷惑になるようなことできません!娘は確かに大の料理好きですけれど、今日もこんなよくしてもらってるのにさらになんて…」
「そいつぁいい!!こいつは料理しか頭にないやつなんでまかないとして引き取ってもらえるならありがてえ話だ」

父と母の意見は割れ2人は揉めている。私は急なお話に混乱した。

「どうせ店立て直すまでは俺らは他の店で働くようだけど、透子は高校行かなきゃいけねえから連れて行けねえだろう。だったらよく知ってる人んとこに居てくれる方が安心だよ俺は。炎ちゃん、よろしくお願いします。」

頑固な父に母が折れ、私は期間限定で轟さんちのまかないさんとして雇ってもらうことになった。


「え、えと、どうぞよろしくお願いします…?」







捨てる神あれば拾う神あり、だ。


次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ