懐石 花見月

□1.先付
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私たちの家兼小料理屋は見るも無惨な姿になっていて、呆然と立ち尽くすしかなかった。






1.先付






両親は私が生まれる前から小料理屋を営んでいた。幼いころから逞しい腕で鍋をふるお父さんと、柔らかな笑顔でお客様に料理やお酒を運ぶお母さんの姿を見続けてきた私は絶対にこの店を継ぐのだ!と高校生ながら迷うこともなく料理の道に邁進していた。

私は学校から帰ると毎日お店に出て配膳をしつつ片っ端から父の味付けを覚え、お小遣いと閉店後の時間は全て試作に費やした。試作の数が50を超えた頃、父から一つだけ店で出してやっても良いと言われた。天に届くほど飛び上がって喜び、その夜は興奮してあまり眠れなかったくらいだ。
3日間悩み、ゆり根と海老の出汁あんかけをお店で出してもらうことに決めた。普段の何倍も気をつけて調理し、盛り付けるお皿選びにも熱が入った。
渾身の一品を父に差し出した。一口味見をして、まあ良いんじゃないかと言って小鉢をしみじみ見つめる父の横顔が心に沁みた。

頑張ってきてよかった。やっとだ、やっとスタートラインだ。








それからは学校の成績を落とさないように注意しながら、二品三品とお店で出してもらう料理を増やしていった。試作は150を超え、レシピを書いたノートは三冊目に突入していた。

「透子ちゃんの作ったこれ、すごく美味しいよ。」
「小さい時から料理一筋で来てたもんな。良かったなあ。」

そう言って貰えることも増えて、お客様からお祝いの花鉢をプレゼントしていただいたこともある。
私は貰った言葉たちを心の宝箱に仕舞い、何度も取り出して眺めてはこれからもお客様に感動してもらえるお料理を作り続けようと誓った。そうして常連のお客様のテーブルから空いたお皿を厨房へ下げに行った、その時。





どかんと大きな地響きが鳴り、地面が生き物のように身震いし私含めお店にいた全員が倒れ込んだ。







ヴィランだった。花町商店街のほうからこちらの方へ向かってきていて、今はヒーローが応戦していると逃げてきた人から聞いた。
地鳴りと揺れは何度もうちを襲った。それはどんどん強く大きくなってきて私はうまく息ができないくらいパニックになっていた。食器は割れ、フライヤーの油はたぷんたぷんと波打っていて怖かった。
なんとかお客様を外に逃がし、父と母と支え合うようにして私もお店を出た。

遠くに火の海が見えて、これが夢なのか現実なのか、現実だったら神様なんていないなあとうまく働かない頭の片隅で考えていた。動く山のように大きなヴィランの姿が見える。
なるべく遠くへ、とヒーローの声が聞こえてお店用のクロックスのまま当て所なく走る。目一杯走っているのにすぐ、もう手が届くのではと思うほどすぐ後ろにヒーローとヴィランの気配がする。
あぁスニーカーを履いていれば良かった。クロックスではうまく走れずに私は盛大に転び顔面をアスファルトに擦った。
父と母の悲鳴が聞こえる。まずい、もしかしてもうダメかもしれない。





瞬間背中がひやっとした。振り返ると一瞬で大きな氷山がそびえ立っていた。



「今のうちに早く逃げてください!」



左目に火傷、赤と白の髪。
君は、




「轟さんちの…」




目が合って、焦凍くんも「あ」という顔をした。でもすぐにヴィランの方に向き直って戦ってくれているようだった。
父が私の腕を掴んで無理やり立たせてくれた。私はすぐに駆け出した。お店がどうなったのかはもう考えたくもなかった。


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