刀語の短編

□髪結われて君思ふ
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『こんばんは左右田さん。
・・・あれ?今日はなんだか、印象が違いますね。
なんていうか・・・大人っぽいというか。
いえ、左右田さんはれっきとした成人男性ですが。』

ぱたぱたと名無しさんが足音を立てて歩いてきては、不思議そうに私の顔を見ている。
なぜ印象が違うのか考え込んでいるのか、首をかしげて腕組みをしている。
そのしぐさがとても可愛くて、私はいつもの無表情を保つためにひそかに口の中を噛んだ。

「名無しさんか。
・・・ああ、髪をおろしているからだろうな。」

『ああ、なるほど。
えーと、いめ・・・ちぇん?というやつですか?
とてもお似合いですね!』
そう言って名無しさんはほほ笑んだ。

いめちぇん・・・というものはよく分からないが、相手からそう褒められることに関して悪い気はしない。むしろとても嬉しい。いい気分だ。

とはいえ、これは好機かもしれない。
彼女・・・名無しさんとの距離を縮めるには。

「それは嬉しいが、実は先日手を怪我してしまって髪が結べないのでな。
それが理由でおろしていた。」

そう言いながら少し肩を落としてみせる。
実は、名無しさんはお人好しなところがある。そこは長所であり私が名無しさんを好きな点の一つでもあるのだが、そこを逆手に取って私が困っている様子を見せてから頼み込めば、彼女は恐らく断らないだろう。

『え、それはまた大変ですね・・・。
他に日常生活とかに支障は出ないんですか?』
「それ以外には特に無いが、髪が結べないと落ち着かない上に気が散って仕方ない。

かと言って、姫様に結っていただく訳にもいくまい。」

私は困り果てたように軽く首を横に振る。
―さて、そろそろ頃合いだろう。

『なるほど・・・確かに姫様にお願いするのは・・・。』

「そこで一つ頼みたいのだが、名無しさん。
申し訳ないが、私の髪をしばらく結ってはもらえないだろうか」
『私が、ですか?
いえ、別に大丈夫なんですが・・・いいんですか?』

「ああ。むしろすまない。
では、早速で悪いが明日から頼めるだろうか?」
『はい。私で良ければ。』

「礼を言う。・・・では、明日な。」
そう言って片手をあげて名無しさんと別れては、私は自室の方へ入り、扉を閉めた。

部屋で柄にもなく緩んでしまう頬を抑えながら、明日へ思いをはせる。

彼女の言い方は遠慮がちだったが、私からしてみれば良ければではなく、願ってもない。

―――しかし、転がり込んできた思わぬ幸運に、無表情を保つのも難しいと感じるほど嬉しくて仕方がない。今夜は眠れるだろうか。
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