刀語の短編

□雨の日、夏服、当日譚
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(第三者目線)
〜あらすじ〜
『左右田の夏服ってどんな感じなんだ?』と聞いてみたら、赤い顔で「その報告書を今日中に描き上げたら明日夏服着て一緒にお祭り行ってやろう」とか言われた。
あらすじおわり。

そして月も夜空の天辺まで登り切り、夜も更け切ったその最中。
名無しさんは報告書をその日のうちに約束通り、書き終えたのだった。

『お、終わったぁぁぁ・・・。あ〜・・・書き物は本当に苦手だ・・・。』 
筆を置いてはぐぐ・・・っと肩回りを伸ばし、首をぐるりと回す。

「ご苦労。報告書に誤字がないかは私が見よう。
・・・見ている間に茶と菓子を用意した。食べておけ」

その様子を見ていたのかは分かりませんが、左右田右衛門左衛門は名無しさんが書き終えるのを見計らったように声を掛け、お盆に乗せた羊羹をちゃぶ台に乗せてから湯呑みに熱い緑茶を注ぎ、返事を聞く前に報告書を手に取る。

『・・・ん。ありがとう』
名無しさんはぶっきらぼうに呟くようにお礼を言いながら、書類を読み込む相手の背中を見ては何か思ったのか一瞬動きを止めてから、背中合わせになるよう左右田の背中に己の背中を合わせて少しだけ凭れるように座り直す。

「・・・・。」
名無しさんが背中に凭れても集中しているせいで気づいていないのか、気づいているけど何も言わないのかは分からないが、左右田は特に何も言わずに紙束へ目を走らせる。

『いただきます。
・・・・・あ、美味しい。』

手を合わせてから名無しさんはお茶と羊羹を口に運ぶと目を輝かせる。
やはり疲れた時には甘いもの、というのは今も昔も変わらないもののようで。
その優しい甘さに頬が緩んでは、また一口、また一口と羊羹を口に運ぶ。

『ご馳走様でした。・・・左右田?』

そうして、空になったお皿と湯呑みの前で手を合わせてから。
ふと、後ろの洋装仮面男があまりにも静かだったので名無しさんは少し振り向いて名前を呼んだ。

「・・・なんだ。
ああ、食べ終わったのか。」
の声掛けに仮面の男は報告書から顔を上げて名無しさんの方へと振り向く。

『その・・・美味しかった。・・・ありがとう』
「そうか。口に合ったのならば良い。
・・・それと、報告書だが・・・・」

どこか柔らかい声で左右田はそう言っては微かに微笑む。

しかし、続けざまに報告書の話を出してくる。しかもその表情はどこか険しくて声も固い。
先程の柔らかな雰囲気は何処へ飛んで行ったのだろうか。


「報告書」その言葉にぴたり、と名無しさんの表情が緊張で固まる。
更に若干冷汗が出ているのか、顔もどこか青ざめている。

『あー・・・・。もしかして、誤字?
それとも、まさか・・・か、書き直しとかないよね?大丈夫だよね?』

名無しさんの口元が若干引きつりながら恐る恐る左右田に声を掛ける。
今から書き直しなど言われてしまえば、徹夜は間違いない。
今日中に終わらせられるかもきっと怪しいところだろう。


すると、左右田右衛門左衛門は息を吸い込んでから口を開いた。


「安心しろ。・・・今の所何も問題はない。内容も、誤字もな」

フッと笑ってから、名無しさんの慌てぶりも計算のうちだと言いたげに口の端を歪めた。
それはとても至極楽しそうに、意地悪く。

『〜っ、そりゃどうも!
じゃあもう夜遅いし、私は部屋に戻って寝るよ。』

してやられた。と名無しさんは悔しそうに歯噛みしてから立ち上がる。
だが、部屋のふすまに手をかけては振り向いて



『―――明日、首洗って待ってろ!』
してやられた報告書の件への捨て台詞を言い切ってから、ばたばたと部屋を出ていった。



対する左右田はしばらく動かなかったが、喉の奥を震わせるようにくっくっく。と笑っては

「―――ああ。楽しみにしていよう」
そう呟いて、明日への準備と寝る支度を始めた。
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