刀語の短編
□雨の日、夏服、前日譚。
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暑い日々も、月を跨げば少しづつ涼やかに。
残暑のち雨と台風が来るような、そんな今日この頃。
名無しの名無しさんは、雨の音を聞きながら左右田右衛門左衛門の部屋で、先日の任務に関する報告書をゆるゆると書き連ねておりました。
―――否、書こうとする素振りはありましたが、言葉が上手くまとまらず。
手が止まっておりました。
『暑い夏が終わった。と、思ったら今度は雨かぁ』
憂鬱そうにため息をついてから、外の方をちらりと見て名無しさんは呟く。
「暑くないだけましだろう。それより名無しさん、貴様先程から筆が進んでないぞ」
こちらはもう書き終えたのか、何時ぞやの夏の日と同じように読書をしながら
仮面越しにちらりと名無しさんの手元を見て指摘する。
『うぐ。そりゃそうだろうけどさぁ・・・報告書書くの苦手だし・・・。
あ、特に左右田はいつも暑そうな格好だもんね。もしかして、夏服無いの?』
痛いところを突かれた。と思いつつも、名無しさんはふと考えたことを口にする。
これで少しは報告書の件から話を逸らす算段らしい。
「不否定(否定せず)。
確かに暑い事は否定はしない。・・・そして夏服も、無い事はない。」
そして、その思惑は一旦は通じたらしく。
話を逸らしていることに気づいているのかいないのか、聞かれた事を左右田も答える。
『無い事はない。けど基本着ないってこと?』
「まぁそうだな。」
『・・・いや、それ。その内暑さで倒れない?』
「暑さに倒れる程、私は軟ではない。」
何のこともなしに、当然だろう。
と言い放つ右衛門左衛門に対し、名無しさんは頭が痛くなった。
勿論、左右田のこの言葉は、まだ江戸や尾張がコンクリートで舗装された近代的な道路や建物が無く、打ち水もそれなりに効果的であった時代の話で。
尚且つ、夏の暑さが非常識ではない数百年前だからこその台詞かもしれないが、それに対し名無しさんは『(その内この仮面の馬鹿が暑さに倒れないように、自分が気を付けておいてやるか)』と思ったのであった。
そして同時に。名無しさんに、ある一つの興味が沸いた。