刀語の短編

□髪結われて君思ふ
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(左右田視点)

ちりん。ちりん。
部屋の上に付いた鈴が鳴った。
否定姫様からご用命がある際の、呼び出しの鈴だ。
それに対し私は立ち上がって、部屋のふすまに手をかける。
名無しさんとの時間は名残惜しいが、姫様の呼び出しにはすぐに向かわねばならない。

「・・・礼を言おう。名無しさん。完璧だ。
次も頼む。」
向かう前に振り向いて、彼女に礼を言う。
急がねばならないが、これくらいは許されるだろう。

名無しさんを部屋に残して姫様の元へ向かう、そのさなか。
廊下に誰もいないのを確認してから、そっと名無しさんに結ってもらった髪に触れる。
・・・自然と口元が緩んでしまった。


その後、天井裏にて姫様に御用を聞きに行った。

「・・・御意。
それでは、私はこれで・・・」
「・・・・ねぇ。
ところであんた、今日少し声が高いけど。何かあったわけ?」

思わぬ質問に肩が跳ねた。こう、ビクッと。
声色に気を付けながら返答する。

「特に何もありませんが。」
「否定する。そのあんたが装っている、ムカつくその平静っぷりを否定するわ〜。

ん〜、そうねぇ。
・・・ああ、もしかして。

名無しさんがらみ?」

「っ」
「はい当たり〜。何、少しは進展したわけ?」
「そ、れは・・・・///」
主からの言葉に対し、返答に詰まってしまう。
進展したような気はするが・・・・

「・・・まぁ、別にいいけど。
でもどうこうなりたいなら、他の男に取られる前に行動した方がいいわよ?
なんて、ね。」
「・・・はい。」

姫様の言葉は一理ある。
名無しさんは魅力的だ。他の男は放っておかない。
・・・何か、考えておく必要があるだろう。



〜おまけの後日談〜

手の怪我が治り、名無しさんにはもう髪を結ってもらう必要がなくなった。
そこに一抹の寂しさを覚えながら、彼女に声をかける。

「名無しさん。」
『あ、左右田さん。
手のお怪我は・・・大丈夫そうですね。それはよかったです。』

「・・・その礼と言っては何だが。
最近、この辺で新しい甘味処ができたと聞いたのでな。
名無しさんが良ければだが、私におごらせてもらえないだろうか?」

私はそう、彼女に提案する。
それに対し、名無しさんは少し遠慮がちに聞き返す。
『・・・いいん、ですか?』

「不遠慮(遠慮せず)。
髪を結ってもらった礼だ。
・・・むしろそう遠慮されると、私も困ってしまうのだがな。」
そう言ってクスッと私は微笑む。
ここまで言えば、控えめな彼女も遠慮はしないだろう。

『・・・では、ありがたく。
ふふ。さっそく行きましょう!』
「そうだな。」
そうして、私たちは甘味処に向かって歩き出す。


―――ああそうだ。これはお礼だ。
名無しさんが私の髪を結ってもらったことへのお礼。
だからこそ、これは礼とは言えども逢引きやでーと、というモノではない。

・・・・と、別に私は言っていないのだがな。
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