刀語の短編

□茶菓子と貴女と
1ページ/1ページ

否定姫に仕え、日々命じられる任務に励み時に姫様に振り回されながらも、それなりに充実しているとはいえ、私とて疲れを感じる時はある。

こういった時は大事にならない内に彼女・・・名無しさんに会うのが一番いい。

「名無しさん」

『右衛門左衛門様!
こんにちは。』

「ああ、久しぶりだな。・・・元気だったか?」

彼女の名は名無しさん。
否定屋敷近くに建つ茶屋で働く女性であり、私が密かに想いを寄せている。
・・・とはいえ、彼女にとっての私はただの常連でしかないのだろうがな。

『今日は、お仕事はないんですね。』
「今の所は、だが。
それでも休めるときに休み、英気を養っておかなければ・・・」
『そうですか・・・。いつも大変ですね。
あ、そうだ。実は右衛門左衛門様にぜひお勧めしたい甘味を最近売り出したんですよ!
甘さも控えめなので食べやすくて、私も・・・』

そう答えてから息をついては、楽し気に話をする彼女を横目にちらりと名無しさんの様子を「不忍」(しのばず)と書かれた仮面越しに盗み見る。

艶やかな黒い髪、白い雪のような肌、気のせいか少し赤い頬。楽し気に話をする瞳はきらきらと輝いており、どこをとっても可愛らしく、かつ美しい。

『・・・それで、その、ご迷惑でなければ
どうかなーと思いまして・・・。』
「迷惑不(迷惑にあらず)。
ぜひそれと合わせて茶を頼む。」
『っはい!
ではお持ちしますので、少々お待ちくださいね!』

ぱたぱたと小気味よく店の奥へと小走りで走っていく名無しさんを眺めながら、この関係も悪くはないがそろそろ何か行動を起こすべきかと考えては、その思考を止める。

『お待たせいたしま―――っきゃ!?』
「慌不(あわてず)。
―――怪我はないか。名無しさん」

慌て過ぎて甘味と茶を載せた朱塗りの盆を持ったまま足元の小石に躓いた名無しさんの腰を片腕で支えては、もう片方の腕で宙に飛んだ茶菓子と茶を元通りにするように受け止める。

特にこの位等造作もない。が、名無しさんは大丈夫だろうか。
長椅子の上に盆を置き、片腕で抱きしめているのもそのままに彼女を上から下まで眺めて目視で怪我がないかを確認する。

『だい、大丈夫・・・です・・・。』

こちらを見ずに大丈夫と言いながらも名無しさんの顔は茹で蛸のように真っ赤に染まっていた。いや、どう見ても大丈夫には見えないのだが。

「納得不(納得できず)。
・・・顔が赤い。」
『ちょっと、あの・・・あれです!最近暑くて!』
「数時刻前には、通り雨が降っていたと記憶しているが」
『えと、その。』
「本当に。―――何も、怪我等はしていないのだな」
『それは、はい。・・・右衛門左衛門様が助けて、くださったので』
次の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ