□私の秘密
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※金塊争奪戦終了後捏造。杉元と夫婦※



手紙が届いた。差出人の名前はない。
手にした封筒を裏にしたり表にしたりして何度も確認したが、表に私の名前が達筆な字で書かれているだけで、やっぱり差出人の名前はなかった。ただ、この達筆な字は見た事がある気がした。

「誰からだろう」

戸を閉めた玄関で立ち尽くしたまま、封を切ろうとした。

「李麻ちゃーん」
「はーい、どうしたの?」
「ちょっとおいでよ」
「?」

家の奥から私を呼ぶ声が聞こえて、咄嗟に着物の中に手紙を隠した。なんとなく、彼には、佐一くんには見せちゃいけない気がした。
あの旅が終わったあと、私は佐一くんと一緒になった。佐一くんの、杉元の姓を貰ったんだ。顔を真っ赤にしながら手を握って想いを告げてきてくれた佐一くんを受け入れたら泣かれてしまったのを覚えてる。
きっとダメ元だったんだ。佐一くんはあの旅の最中、私が誰に想いを寄せていたかをたぶん知っていたから。
でも、佐一くんに想いを告げられた頃、私はその気持ちを海の底に捨てていた。だから佐一くんと一緒になった。

「なになに」
「見てよこれ」
「わぁ、北見の写真館で撮ったみんなの写真!懐かしい……」

箪笥の中を整理していた佐一くんは物を広げたその中心に数枚の写真を並べていた。佐一くん、アシリパちゃん、キロちゃんにインカラマッちゃん、谷垣さんにチカパシに牛山さんや家永さんに、土方さん。そして私。遊郭へ行ってた白石さんと、あの時いつの間にか姿を消していた尾形さんの写真は、無い。

「樺太からロシア行った時も思ったけど谷垣さんだけ枚数多いよね」
「あいつもよくこんなんで写真撮ったよな」

一人だけ異彩を放っている谷垣さんの写真が大半を占めていた。写真を撮ったのは純粋な動機では無かったけれど、今となってはいい思い出。

「あれ?李麻ちゃんの写真、一枚少なくない?」
「え?そうだっけ」
「なんかもう一枚あった気がしたんだけど」
「佐一くんの気のせいだよぉ」

そうかなぁなんて私の写真を手に取ってぴらぴらさせる佐一くん。ちょっと恥ずかしいからやめてほしい。そもそも枚数なんて覚えてないよ。

「今度は二人で撮りたいな」
「……そうだね。北見にまだ田本さんの写真館あるのかな?」
「無かったら別のところ探せばいいだろ?」

ニッ、と笑う佐一くんは写真を纏めると箪笥の整理を再開した。しばらく佐一くんはここで格闘するだろう。私も自室の机の引き出しの中身でも整理しようかな。少ししか入ってないけど。



「こんなに何も入ってなかったけ……」

机の上に入ってた物を置いていったけど全然入ってなかった。昔から物はあまり持たないようにしてたけどここまでだったとは。そりゃあ佐一くんに好きなもの買っていいよ?我慢しなくていいよ?ってすごく言われる訳だ。
数通の手紙の束を手に取ってみる。そういえばさっきの手紙見なきゃな、と思っていたら宛名も差出人も書いてない封筒が混じっていた。

「? こんなの貰ったっけ」

元々止められていなかったらしい封筒を開けると、一枚の写真が入っていた。

「あっ……、これ……!」

心臓が止まるかと思った。
その写真には、笑顔の私に腕を引かれて少し照れ臭そうに髪を撫でつけている尾形さんが写っていた。
あぁ、思い出した。
自分の写真を撮ってもらった後に尾形さんがいないことに気付いて探しに行ったんだ。

『尾形さーん、探しましたよ。写真一枚ぐらい撮りましょうよ』
『撮ってなんになる』
『恥ずかしいんですか?私が一緒に写ってあげましょうか?』
『…………』
『ほら、みんなには内緒にしますからっ』

そう言って無理矢理写真館に連れ戻して写真を撮ってもらった。尾形さん一人で写ってるものと、私と一緒に写ってるものを。
なんで忘れていたんだろう。
網走監獄から樺太に逃げた時、私を置いていった尾形さんは私の服にこれを残していった。
写真を裏返せば、達筆な字で【李麻へ】と書かれていた。

「この字……!」

着物の中に仕舞い込んでいた手紙を取り出して【篠崎 李麻 様】と書かれた字と写真の字を並べればまったく同じ筆跡。そもそも旧姓で届いた時点で気付くべきだった。

「尾形さんからの……、手紙……」

どうやって届いたかは分からないけれど、それでもあの尾形さんが私に寄越してくれた手紙。死んだのか生きてるのかも分からなかった、尾形さんが。
この事実だけで涙が出そうだった。それを堪えて私は封を切った。そこには、軽口は叩けど余計な事はあまり言わなかった尾形さんの言葉が並んでいた。

今更こんな手紙をもらっても迷惑だろうな。
李麻はずっと、俺がお前を置いていったことを怒っていたな。
お前は今幸せだろうか。
こんな俺でも好いた女の幸せを願うことぐらい許されるだろう。
李麻が祝福される道が、この先も続くように願うことぐらい許されるだろう。

「っ……」

滲む視界で、尾形さんが紡いだ言葉を一字一句捉えていく。本当に、どうして今更こんな手紙をくれたのか。海の底に捨てた想いがふつふつと浮かび上がってきそうだ。あの時の私は、貴方と幸せになりたかったのに。

最初から、俺がお前の隣に並ぶ事は許されていなかった。
だが、それでもお前の存在を近くに感じていたい。
だからあの時お前から奪った写真は返さないことにした。

奪った写真。
現像された物をもらったあと、こそこそと尾形さんに写真を渡しに行ったら『そんだけあったら一枚ぐらい構わんだろ』と私がしょうがないですねと渡す前に取られた、私だけが写ってる写真。

代わりといっちゃあなんだが、これを李麻に渡しておこうと思う。
要らないだろうが、まぁ、その時は燃やすなりなんなりすればいい。
李麻。
俺は、

「っ、バカだなぁ……、尾形さんはっ……」

最後に綴られた言葉に、私は頬を伝う涙を止めることが出来なかった。バカもバカ。なんでもっと早く素直に言葉にしてくれなかったの。自己肯定感低すぎるにもほどがある。私が、どんな想いで貴方と接していたか、知っているだろうか。

俺は、あの時も、今でも、この先も、お前だけを愛している。

震える手からすり抜けていった封筒が畳に落ちると、中からもう一枚、便箋とは違うものがでてきた。写真だ。その写真は、私が無理矢理写らせた、尾形さん一人の写真。
それを両手で拾い上げた。
ああ、私もバカだ。自分の想いは充分伝えてると思っていた。伝え切ったうえで振り向かれなかったんだとその想いを海の底に捨てた。でもどうだ。いざこうやって文字とはいえ尾形さんに愛しているなんて言われて、私の心は震えている。伝え切れてなかった。だから尾形さんは、自分以外の誰かと私が幸せになるように願ってる。もっとちゃんと、伝えていれば、違う未来があったのかな。
その自分以外の誰かが佐一くんでも、尾形さんは私が幸せなら喜んでくれるの?
貴方からの手紙を読んで泣いてる私を見たら、尾形さんはどう思うの?

「尾形さんっ……!」

溢れる想いが言葉になる。
駄目だよ。私は佐一くんの想いを受け入れた。なのに。こんな。

「大好きだよっ……、尾形さんっ……!」

私は、尾形さんへの想いを捨て切ることすら出来ていなかった。
最低な女だ。私の事を想ってくれている人と一緒にいながら、過去に恋焦がれた人への想いを再び募らせて。

ねぇ、尾形さん。
貴方は今どこにいるの?この空の続く場所にいる?
この連なる大地のどこかにいるなら、どうか。

***

そんな出来事があって十数年。
佐一くんとの子供が生まれて、上の子はもう十になる。
家の前で走り回るみんなを眺めながら、あの日のことを思い出していた。
誰にもいえない、私の秘密。

あの写真だけの手紙も、尾形さんの想いが綴られた手紙も、私の机の引き出しに、大切にしまってある。




2020.1/31
診断メーカーより

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