□ハッキリ言って!
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「尾形さんとどういう関係ですか」
「うぅ…………」

何度目とも知れぬこの言葉に、いつも通りの言葉を返せばこの人はきっと泣いてしまうんだろう。でもそれ以外の正しい言葉を見つけられない私は、目を合わす事なく言った。

「……ただの、腐れ縁です」
「はっ……?」

あぁ、ほらゆっくり泣き崩れてしまった。毎回毎回、ここからどうしたらいいか分からない。私が悪い訳ではないはずなのに申し訳なさが半端ない。私より遥かに美人で可愛くて明らかに女子力の高そうな女性は嗚咽混じりに言葉をこぼしていく。

「なんでっ……、ただの腐れ縁の女にぃ、負けないといけないのよぉっ」
「はぁ…………」

それももう何度も言われてきた。
そもそも私は勝つとか負けるとかの土俵に立っていないから勝手に上げないでほしい。私の完敗は戦う前から分かってるじゃないか。ご自分だってそんな言葉が出るぐらいには私に勝ってるって思ってたのでは?
あの人も罪な男だ。途中から数えるのをやめてしまったけどよくもまぁこれだけの数の美人美女を泣かせられるな。このままじゃ婚期逃すぞ。
目の前でなおも泣き続ける女性は立ち上がる気配がない。
しょうがない。本当にただの腐れ縁なのだ。きっと昔の癖が抜けないだけで、正味私のことはなんとも思ってない。昔の昔。いわば前世。私は確かにあの人と一緒にいた。そもそも一緒に行動してた人たちと合流したらそこにいて、いつのまにか一緒に旅をしていた。考えが読み取れない感じが苦手だったけど、ある日不意に言われたことがある。

『お前を見ているとヒヤヒヤする』

その時は、あぁこんな人でもそんなこと思うんだなぐらいだったけど、次の日から私のことを隣に置くようになった。本音を言わない人だから、その意図は読めないまま私は人生に幕を閉じだ。
そして現代。
なんの因果か再会を果たした私はまた彼の隣に置かれている。これを腐れ縁と言わずになんという。結局彼にとって私はただの庇護欲の対象で、女としてはもちろん見られてないし、良くても友達止まりだ。あの人が友達云々言うのは想像できないけど。

「あの……、別に付き合ってるとかではないんで……、頑張って彼を落としてください……」
「あんたに言われたくないわよ!」

パァンッ、と小気味良い音が響いた。
呆然とした。平手打ちを食らったと分かるまで数秒かかった。さすがにこれは初めてだ。せめてもの誠意と膝を折って視線を合わせたのが間違いだった。
じんじんと痛みが広がる頬を抑えていたら、女性はスタスタと立ち去ってしまった。

「…………なんで、私が」

こんな仕打ちを受けなければいけないのか。
悪いのは全部あの人だ。私なんかを隣に置くから。私は悪くない。悪くない。

***

「ここ、どうした」

自分の頬を指差しながら聞いてきた。貴方がテキトーに扱った女性に平手打ちを食らったんですよ、なんて言えない私は頬に湿布を貼っていた。思いの外腫れてしまってそのまま外を歩く気にはなれなかった。
尾形さんは、自分が蔑ろにしてきた女性が私の所に来ていることは知らない。はず。

「ちょっと、色々あって」
「ほぉ……?」
「そんな“面白そうだな聴かせろ”みたいな顔しても話しませんから」

あんなことがあった次の日に普通に尾形さんの家で飲んでるのはいつもの事だ。なんだかんだ尾形さんに来るだろ?って連絡寄越されて断れない私も駄目なんだろうな。そうやって普通に尾形さんの横を歩いて外食とかいっちゃうから、駄目なんだろうな。
度数の低い缶チューハイを煽ると尾形さんのスマホが揺れた。

「なんか連絡きましたよー」
「ほっとけ」
「……」

どうせまた女の人だ。何人に言い寄られれば気が済むんだ。モテ過ぎでしょう。少しその運気?を分けてほしいぐらいだ。そもそも私なんかと一緒に飲むぐらいなら言い寄ってきてる美人美女と飲んだ方が安酒も美味く感じるでしょうに。

「……私と一緒にいて楽しいですか?」
「……楽しいかどうかは置いておいて、まあ安心はするな」
「なにそれ……。ただ単に付き合いが長いからってだけじゃないですか……」

自分で聞いておいて少し傷付いた。やっぱり昔の延長線上なんだ。私は今を歩きたいのに、尾形さんは過去を歩いてる。だいたいヒヤヒヤするって言ってたくせに安心するとは何事だ。
私だけが、一人この状況に踊らされているじゃないか。

「……私明日予定あるから、今日はいつもより早めに帰りますからね」
「そうか」

少しぐらい残念そうな顔をしてくれたって良いじゃない。一人が寂しくて私を呼ぶくらいなら彼女を作ればいいじゃない。私で心の穴を埋めようとする自分勝手な尾形さんのスマホが、また揺れていた。

***

「お、尾形さんと、どういう関係なんですか……?」

頬の湿布を剥がせない私は、またこんな台詞を聞いていた。この間の宅飲みの後、駅まで送ってくれた所を見られていたらしい。あの人ストーカーされてるんじゃないかと少しだけ心配してしまった。
また泣かれるのかな、って考えたら急激に面倒に思えてきて気付いたら口をついて言葉が出ていた。

「なんでそんなこと聞くんですか」
「なんで、って……。尾形さん、誰がご飯誘っても断るし、いつも雰囲気硬いし……、なのに貴女といた時の尾形さんは、なんというか、柔らかかったから」
「はぁ…………」

まあ私は仕事をしてる時の尾形さんは知らない。でもたぶんみんな私と同じ第一印象を抱くのは想像できる。ただ私といる時の尾形さんが柔らかいとかよく分からない。あの人はずっとあんなんだ。硬いも柔らかいも無い。真面目そうに見えて軽口は叩くし人を茶化しもする。

「っ、で、どういう関係なんですかっ」
「ただの腐れ縁」

そう言うとほんわか系の同い年ぐらいの彼女は目を潤ませた。もう泣きたいのは私の方だ。あの人の隣にいるだけで、知らない女の人に声をかけられて泣かれて、挙げ句の果て平手打ち。損しかない。得してることといえばご飯を奢ってもらえることぐらいだ。
正直な話、これの所為で私はつい最近失恋をした。これさえなければ上手いこといったかもしれないのに。思い出しただけで目頭が熱くなってくる。

「……もういいですか?いいですよね。頑張ってくださいね」

女性を一人残して帰路に立つ。尾形さんも尾形さんだが、彼に言い寄る女性も女性だ。自分が振り向かれなかったからって一緒にいた私に詰め寄るな。二次被害も甚だしい。
ポケットに手を突っ込んでスマホを握りしめていたら通知が届く。

「…………人の気も知らずに」

それでも断れずに、彼の家へと足を向けてしまう私も、やっぱり駄目なのだろうか。



「辛気臭え顔しやがって」
「誰のせいですか」
「だったら来なけりゃよかっただろ」

悪態ついてもいつもと変わらぬ態度でそんなことを言う尾形さんは、私の横に腰掛けた。
テーブルには私が作ったおつまみが並んでいて、美味いも不味いも言わずに毎度平らげる。
ため息をついて私は缶ビールのプルタブに指をかけた。

「珍しいな、ビール」
「……まあたまには」

ほとんど飲めないビールに手を出してしまうぐらいには、私は参っていた。あの平手打ちのせいだ。今までなんとも思ってなかったのに、あの平手打ちのおかげでぐるぐると考えるようになってしまった。
私と尾形さんはただの腐れ縁。付き合ってないしこれからも付き合わない。少なくとも私は自分のことを女として見てない人を好きになることはない。
テレビを見ながらテキトーに会話して飲めない缶ビールを無理矢理流し込んで3本目を開けた時、私はついに零した。

「尾形さん」
「なんだ」
「……もうやめませんか」
「……なにを?」
「……こういう、曖昧な関係」

尾形さんの動きが止まった。なにを驚くことがあるんだろう。私たちはただの腐れ縁でしょう。

「こういう、ってのは」
「付き合ってもないのに二人で宅飲みしたり外食行ったりする、ただの友達とか知り合いとは言い難い、関係……」
「……李麻は、嫌なのか」
「嫌、っていうか」

少し口籠ってしまった。
全てを吐き出せばスッキリするだろう。でも今何かを言えば、余計なことまで言ってしまいそうで怖かった。切り出した以上、この状況が壊れるのは間違いないのに。

「誰かに何か言われたか?」
「っ、」

きっと尾形さんの言う“誰か”は杉元さんとか白石さんとか、あそこら辺の面子を指している。私がどれだけ必要の無い罪悪感を抱いていたか知らない尾形さんに、何かが切れる音がした。

「私、私ね、尾形さんに言い寄って尾形さんに振られた人たちにずっと聞かれてきたんですよ。“尾形さんとどういう関係ですか”って。ただの腐れ縁ですって答えれば泣かれるし、変に申し訳なくなるし、そもそも私は尾形さんが誘ってくれるから付いていってるだけなのに、それを目撃されて突撃されるし、正直迷惑なんですよ」

湿布につつまれた頬を触れば、尾形さんは静かに箸を置いた。もっと早く、なんなら初めてあぁやって聞かれた日に話してればここまで悩むことなかったのかな。
本当に全てが嫌になる。自分は悪くないって思ってるくせに、日に日に劣等感を募らせる自分も、嫌になる。

「この間だって久しぶりに好きな人出来てちょっとがんばろうかなって思った矢先にあの場面見られて距離置かれてラインはいつのまにかブロックされてるし」
「は?」
「は?なんですか?好きな人の一人や二人いちゃダメですか?それとも静かに振られてるのが面白いですか?私なんかより圧倒的美人な人とか私なんかより100倍可愛い人とかに言い寄られてる尾形さんには分からないですよ。だいたいなんでその人たちの誘い断って私と飲んでるんですか?彼女作ったらいいじゃないですか選り取り見取りなんですから!」

べこっ、と潰してしまった缶からビールが溢れて手を伝った。それがズボンを濡らす頃、私は青ざめた。
…………言い過ぎた、かも。
今までにないぐらい気不味い沈黙が部屋に溢れかえる。テレビから聞こえてくる芸人の声だけ虚しく響いた。

「……帰る」
「ちょっと待て」

缶ビールを手放して立ち上がろうと腰を浮かしたら服の裾を掴まれた。怒らせたかな。それならそれでいい。私のことなんか放っておけばいい。そうすればこんなモヤモヤともおさらばだ。

「あー、その……、なんだ」
「言いたいことがあるならハッキリ言ってくださいよ。らしくない」

ついムスッとしてしまう。尾形さんはどこか困惑してる様子だった。

「李麻……、お前好きなやつとかいたんだな……」
「いましたよ!おじゃんになりましたけど!」
「………俺と一緒に出掛けるのは、嫌か」
「別に出掛けるのはいいですけどっ、それを誰かに見られて詰め寄られるのが苦痛なんです!」
「あー……、そもそもの、根本的な話なんだが」

やけに歯切れの悪い尾形さんを見たら、珍しく焦りが顔に出ていた。なんだ。ハッキリ言って。冷たさを失った湿布の下が、またじんじんと痛み始める。

「俺たち、付き合ってない、のか……?」
「………………はぁ!?」

思いもよらない言葉が右から左へと流れていった。付き合ってないのか?って?は?私貴方の女になった記憶ないんですけど。そもそもそういう話になったこといっっっっっかいもないじゃない!?

「いや、いや!何言ってるんですか!?付き合うも何もそんな事、私も尾形さんも言ってないですよね!?」
「言っただろ……。覚えてねえのか」
「ぜんぜん!」

これっぽっちも記憶に無い。本当に言いました?それこそ尾形さんの記憶違いでは?

「会った時」
「この時代でですか?」
「ああ。言っただろ。……“もう離さない”って」
「…………言、ったけど。あれ、あれがぁ?そもそも私が告白って認識してないし返事もしてないのになんで付き合ってると思い込めたんですか」
「連絡先交換してくれたし……、飯誘っても断らないだろ……。それにその場で返事してくれたろ」

え〜、え〜〜。
なんかさっきまでのモヤモヤが吹っ飛んだ。そりゃ何考えてるか分からない人だったけど今の話聞いて確信した。この人思考回路がおかしいわ。連絡先交換とか普通でしょ。お誘い断らないのは奢ってくれるって言うからだよ。だいたい“もう離さない”って言われた時も正直なんの話だろうとか思ってなんにも考えずに、はい、って答え…………。

「あれは返事じゃないです!え、ていうか尾形さんはずっと私と付き合ってるつもりだったんですか!?」
「つもりじゃねぇよ」
「ちょっっっと待ってください……。なにこれ……」

つまり、だ。
尾形さんが言い寄られても断っていたのは私のことを彼女と思っていたからで、頻繁に宅飲みや外食に誘ってくれたのはデートのつもりだったってこと?
いや……、それにしても……。

「その割には……、好きともなんとも言わなかったじゃないですか……」
「……そんな気安く言えるか」

さっと髪を撫であげるあたり照れてるんだ。照れてんの、尾形さん。本気じゃん……。本気と書いてマジと読んじゃうじゃん……。
えぇ……。劣等感罪悪感平手打ちの痛み、全部無意味……。

「じゃあ聞きますけど、尾形さんは私のこと好きなんですね?」
「……」
「昔の癖で隣に置いてるとかじゃなくて、私に隣にいてほしくて、尾形さんが私の隣にいたいんですね?」
「……」

無言で頷くな。
そっか、私は尾形さんの彼女なのか。もっと早く知れていれば全員撃退出来たんだな。はぁ。

「……わかりました。ただ、今ここでしっかり言葉にしてもらっていいですか」
「……李麻」

ずっと裾を掴んでいた手が、私の手と重なった。
私は尾形さんの本音を聞いたことがない。
だからこそ。

「……好き、だ」
「……」
「その、だな。ずっと、俺の隣に、いてくれ」
「…………はい」

これは本音だと、私を抱きしめた尾形さんの温もりに確かさを感じた。

***

「尾形さんとどういう関係なんですかぁ!」

思ったけど、どういう断り方をすれば私が詰め寄られるんだろう。
付き合ってるつもり、じゃない付き合ってるんだったら彼女いるからって言えば良かっただけでは?
でももう今の私はこの台詞に振り回されない。

「私は、尾形さんの彼女ですっ」

今までも、これからも。





2020.1/28

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