□報われる
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私は昔から、遠慮しすぎるくせがあった。三姉妹の長女だからなのか分からないけど、他人の気持ちを機敏に察してしまい自分がここで何かを言ったら拗れてしまうなって思うと何も言えないでいた。
そんな過去があるからか、好きな人が出来ても想いを告げることができない。自分の想いに気付いた時、その少女の気持ちにも気付いてしまったから。
行動する人数が増えてから、私は佐一くんの隣に座らなくなった。そこにはアシリパさんがいて、可愛い笑顔を浮かべてて。私じゃ到底敵わないと。あえて傍観を決め込みたかった。
胸が苦しいことに、変わりはないのに。

「…………」

佐一くんたちが騒ぐのを見ていられなくなって一人で静かに外に出る。
満点の星空が恨めしい。

***

静かに外に出て行く李麻ちゃんが視界に入った。止めるのもどうかと思ってそのまま背中を見送ったけど、どうも。

「……俺、李麻ちゃんになんかしたかな」
「なんで?」
「避けられてる……、気がする」
「心当たりは……あったらどうにかしてるか」

ぽろっと白石相手に零す。
心当たりがなさすぎて逆に怖い。嫌われるようなことは絶対にしてない自信だけはある。
正直一目惚れだった。梅ちゃんのことを一瞬忘れてしまうぐらいには、俺はこの子が好きだと思った。こんな殺伐とした旅だけど、一緒にいられるのが嬉しくて、守れるのが嬉しくて、でも俺なんかに好意を寄せられても迷惑だろうとただ隣に居てくれるだけでいいと甘んじてきた。
だが最近はどうだろう。
飯の時、隣に座ってくれなくなった。元々遠慮しがちな子だったけど最近それがもっと顕著になった。
なんで?

「大方、お前が寝ぼけて襲ったんじゃないのか」
「んなわけあるか」

茶化してくる尾形にムカつきながらも、俺はずっと避けられてる原因を探っていた。

「まあでも、杉元自身に心当たりがねぇなら本人に直接聞くしかなくね?」

白石の意見も、最もだと思った。

***

恋をしたこと自体が初めてだった。
こんなに心ときめくものなのだと、全てを新鮮に感じたのは束の間。私は自分の気持ちを封じ込めた。自分以外に彼に対して好意を抱いている子がいるならば私は身を引くしかない。私は、その選択肢以外を知らない。
春が近いといえど夜はまだ冷える。その寒さに一人震えていたら首筋に温もりが降ってきた。

「あ、」
「そんな格好で外に出てたら風邪引くって」
「佐一くん……」

巻かれたマフラーは暖かくて、彼の匂いがする。
嬉しい、けど、優しくしないでほしい。自惚れる。佐一くんは、もしかしたら私のことを好きなのかと、単純な勘違いをしてしまいそうだから。
きゅっと握ったマフラーに顔を埋めた。

「……あー、あのさ、李麻ちゃん」
「どうしたの?」
「……俺、さ。李麻ちゃんになんかしたかな?」

気不味そうに頬を掻く佐一くんの言葉に、ここ最近の彼を避ける様な行動がバレていたことを察した。
察したところで何も言えない。きっと彼女の気持ちまで暴露してしまう。それに佐一くんには好きな人がいるんだ。その人のために、金塊を探し始めたんだ。

「……何も、してないよ」
「じゃあなんで……、俺の眼を見て話してくれないの?」

ああ、そんなことまでバレていた。
しょうがないじゃない。その真っ直ぐな瞳と目が合うと胸が高鳴る。どうしようもなく恋焦がれてしまう。私だけのものにしたいと、独占欲が暴走する。

「それ、は」

口籠る。泣いてしまいたい。涙は女の武器だなんて言うけれど、こんなことに使うほど私は弱くない。

「なんかしたなら謝るし、嫌なとこあるなら直すからさ。なぁ、李麻ちゃん」

教えてくれよ。なんて。
どこまで優しいんだろうこの人は。佐一くんは何一つ悪くないのに。悪いのは全部私なのに。自分の気持ち一つにも素直になれない、この、私なのに。

「っ、なんで、そんな」
「李麻ちゃんに避けられてんの寂しいし悲しいから」

顔をあげれない。あの瞳が真っ直ぐ私を見ているのが雰囲気で分かる。言ってしまいたい。貴方が好きだと。好きで好きでどうしようもないと。抱き着いたいし、抱きしめてほしい。その温もりに、私を閉じ込めてほしい。

「…………」

私は、溢れそうになる涙を堰き止めるのに必死だった。

***

もうヤケクソだと本人に聞いたら黙ってしまった。
やっぱり俺なんかしたかな……。尾形が言ったてたことが的中してたなんてことになったら死ねる。死なねぇけど。
俺のマフラーに顔を埋める李麻ちゃんは正直可愛い。可愛すぎる。

「え?」

よく見たら李麻ちゃんは泣きそうになっていた。目尻に溜まった涙がキラキラしている。嘘だろ……。

「李麻ちゃん、」
「佐一くんはっ、なんにもしてないし悪くないよ……」

全部、自分勝手な行動だから、気に障ったならごめんね。
違う。俺はその自分勝手な行動をした理由を知りたい。何もしてないなら、尚更。
そう思ったら堰を切ったように言葉が溢れ出た。

「李麻ちゃん、俺はさ。俺は、ただの人付き合いの中で寂しいとか悲しいとか言ってるわけじゃねぇの。避けてるのが尾形とかだったらなんとも思わねえし、むしろ離れてくれて助かるぐらいだけど、李麻ちゃんは違う。俺の隣にいてほしい。俺の隣で笑っててほしい。何がそんなに李麻ちゃんを苦しめてるのかは分からないけど、どうしたら救えるのか分からないけど、でも、一つだけ言えることがある。伝えたいことがある。俺は、」

***

「俺は、李麻ちゃんのことが好きだ」

幻聴かと思った。都合のいい幻か夢でも見てるのだと。でも顔を上げて絡んだ視線が現実だと物語る。
佐一くんが、私のことを……?

「ようやく俺のこと見てくれた」

嬉しそうに笑顔を見せる佐一くんにまた胸が高鳴った。もう目が離せない。固まっていたら肩に両手を置かれて身体ごと向き合わされた。

「好きだから、避けられてんのは寂しいし悲しいんだよ。こんな気持ち、李麻ちゃん以外には無いよ」
「でも……、佐一くんは、幼馴染みの人のために」
「それはそれ、って言っても説得力ないか……。李麻ちゃんは俺の事、どう思ってんの……?」

言ってもいいのかな。いいんだよね。だって両想い。佐一くんはこんな嘘は絶対吐かない。マフラーを握る手が震えた。

「私は……、私も……、佐一くんのことが好き……!」

零れる涙が止まらない。こんなことってあるんだ。私のことを見てくれる人がいた。それだけで、なんて幸福感に包まれるんだろう。
泣き始めた私に、顔を真っ赤にしながら慌てふためいた佐一くんは意を決したように私の肩に置いた手に力を込めた。

そして。

「俺がずっと守るから。ずっと俺の隣にいてくれ」

ぎこちなく交わされた口付けに、長年我慢してきた全てが救われた気がした。





2020.1/26

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