□山猫と湯たんぽ
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最近、尾形さんが可愛く見えて仕方がない。
あ、いや、もちろん整った顔立ちしてるから普通に男前なんだけど。
狙撃の腕はピカイチなのに肉弾戦にめっぽう弱いところとか、何か差し出されると匂いを嗅いじゃうところとか、罠で捕ったネズミに反応しちゃうところとか、なんか、可愛い。
ただまぁ本人にそんなこと言える訳もなく胸の内に秘めてああ今日も可愛いなぁなんてほんわかしていたりする。

「ふふっ」
「なぁに李麻ちゃん、すごく嬉しそうじゃん」
「そうかな〜。白石さんの気のせいじゃない?」
「いやいや絶対なにか良いことあったでしょ〜」

良いこと、良いことね。殺伐とした旅の中でこれだけほんわかできるのは確かに良いことかもしれない。張り詰めてるだけじゃあ息苦しいもの。
私は遠巻きにこの可愛さを堪能できればいいのだ。

そう思ってたのだけど。



「ぅん……?」

いつものように寝ていたら、背中に何か違和感があって目が覚めた。
なんだろう、これ。無機質感半端ない。
確認するために身体を起こすのも面倒で別に変な気配は無いしいいかなって再び眠りにつこうとしたら、どこからともなく腕が伸びてきて私の身体を引き寄せた。

「え?」

びっくりしすぎて普通の声量が出た。咄嗟に自分で自分の口を塞ぐけど、よかった誰も起きてないみたい。
いやしかし、背中に当たってるのちょっと痛いんだけど。
完全に目が覚めてしまってやるせない。
ちらっと腰に回された腕を暗闇の中で凝視する。見えないな……。
今日誰が近くで寝てたっけな、なんて考えながらその腕に手を伸ばして服の質感を確認する。

「んん……??」

この質感、背中に当たっている何か。
まさか、尾形さん……?
でもなんでこんなこと……。起きてる感じしないし……。

「っ!」

混乱していたら更に抱き寄せられて、うなじに尾形さんの微かな寝息がかかる。くすぐったいし恥ずかしい。本当は起きてるんじゃないかと思うぐらい私の身体を離さないその腕は結構な力が籠もっていた。
触った時点で尾形さんなら起きると思ったけど起きてないし腕も退けれないし、私は成す術無く大人しくそのままでいることにした。
もう寝れないけどな!



と思っていたけどいつの間にか眠りに落ちてたし、朝起きたらすでに尾形さんは起きてて結局いつまであの状況だったのかイマイチ分からない。ただ。

「お、おはよう尾形さん」
「あぁ」

いつもとなんら変わらない挨拶を交わす辺り、もしかしたら尾形さんは気付かないうちにああして、気付かないうちに私を解放したのかもしれない。
でも、私の知ってる尾形さんは何にでも敏感に反応する。本当にそんなことありえるだろうか。もしかしたらこの一回きりかもしれないしあまり詮索するのも良くないかな。

って考えてた自分をちょっと殴ってやりたい。
その日から毎日。私は寝ている尾形さんに抱き寄せられていた。
まさかさぁ、これさぁ、湯たんぽ代わりにされてない?
そこに気付いてしまってちょっと涙が出るかと思った。最初のドキドキを返してほしい。私も暖かいからいいんだけどさ。
でも尾形さんは猫だからね……仕方ないかな……って無理矢理自分を納得させて、今日も今日とて私は尾形さんの腕の中で二度寝をするのだ。

***

最近、よく寝れる、気がしていた。
夜中に起きることなんてしょっちゅうで、なんなら誰かの寝返りの音で目が覚めるぐらいには眠りが浅かった。それがここ最近は無い。夢も見なくなった。別に心境の変化があったわけでもない。
ただ、目が覚めるといつも胸のあたりは暖かかった。

「…………」
「おはよー尾形さん。どうかしたの?」
「……いや」

そういえばよく寝れるようになった頃から自分の隣にいたのは李麻だった。誰の隣で寝るなんてことは決まってない。その日の夜の状況で全員がなんとなく場所を決めているぐらいだ。この娘の隣で寝るだけで皆さん快眠ですなんて話はまああるわけがない。
それでも朝目を覚ましても寝る前と変わらない風景が仮小屋の中にあるのだから、自分でもいまいち理屈がわからないでいるのが現状だ。

そんな事を、考えていたからかもしれない。

いつものように背中を丸めて、小銃を抱きしめて寝ていた。微かに小屋の中を照らす朝日で、いつものように目が覚めた。
が。
妙に身体の前側が暖かいし、腕には触り慣れない感触があった。柔っこい。

「…………」

顔を見なくても、服が外套で隠れててもわかる。
李麻だ。
まさかずっと気が付かないうちにこうやって李麻を抱き締めて寝ていたのだろうか。だがいつも目が覚めた時に李麻は腕の中にいなかった。俺が無意識に手放したのか、李麻が自力で俺の腕から這い出たのか。
後者だったならば傷付くな。
すぅっ、ともう少しだけ抱き寄せてみても李麻が起きる気配はない。つい魔が差す。
柔い感触を確かめるように腕をずり上げるとかかる重みがその大きさを物語る。分かっていたがなんつー身体してんだこいつ。

「……」

掌を返してその丸みに指を埋めた。収まってない。服の上からでも分かるその柔らかさと大きさをやわやわと堪能する。
女を抱いたことが無いわけじゃ無いが、どうも李麻は別格だ。無意識とは言えこの状況を自分で作っておきながら、今まで気が付かなかった自分をぶん殴りたい。勿体ねぇ。

「んっ……んん……」

腕の中で李麻が声を零す。寝てんのに感じてんのか、揉まれてるだけで。
掌で感じる柔い感触の中に一つだけ混ざる硬さに俺は調子に乗った。抵抗のないその服の中に手を伸ばした。

「!」
「だ、だめだよ……、尾形さん……、めっ……」
「お前……、起きてたのか……」

耳を真っ赤にした李麻の、その小さな両手で制止を食らった。

「起きるよ……こんなことされたら……」
「でも気持ちよかったろ?」
「へ、変なこと言わないで……。んっ」

素直じゃねぇなぁ。
コソコソと小声で会話を続ける中、耳に口付けを落としてやった。より一層赤くなる様が面白い。

「李麻……」
「やっ、やだ……尾形さんっ……あっ」

捕まっていた手をお構いなしに服の中へ潜り込ませると指先が先端を弾いた。びくっと身体を震わせる李麻が可愛くて仕方がない。
もっと、と生で一揉みした時だった。

「ん……、二人とも起きてるのか……?」

まだ半分寝ている様子のアシリパが身体を起こした。内心舌打ちものだ。起きたのが杉元だったらこのまま見せつけてやろうかと思ったが、アシリパ相手にそれをやると俺が李麻になに言われるか分かったもんじゃない。
アシリパが完全にこっちを見る前に、その柔い感触から手を離した。

「なんだ起きたのか。李麻はまだ寝てる」
「っ…………」
「? 李麻の声が聴こえた気がしたが……」
「気のせいだろ」

眠いなら寝ろ、起きるなら近くの川で顔洗ってこいと促すとアシリパはよたよたと小屋を出て行った。

「帰ってくるまでにその林檎ちゃんをどうにかしろよ」
「おがたさんのばかっ」
「ははっ、されるがままになってる方が悪い」
「もう湯たんぽ代わりになってあげないから……!」
「は?」

胸元を隠すように自分を抱き締める李麻の言葉に思わず固まった。やはりずっと俺はこうしていたのだろうか。本当に勿体無い。
李麻の顔を覗き込めばうっすら涙を浮かべていた。軽く手を出しておきながらあれだが、誘ってると見てもいいか?

「本当にばかっ」
「そういうなよ。お前を抱きしめてるとぐっすり寝れるんだよ」
「知らないそんなのえっちなことする人の隣じゃもう寝ない」

どうやら相当恥ずかしかったらしい。
今まで俺が無意識に抱き寄せていたことを分かっていたから尚更かもしれんな。ただ俺の隣から離れようという発言はいただけない。

「いいのか?杉元の隣で寝たら無理矢理最後までヤられるかもしれんぞ?」
「っ、さ、佐一くんはそんなこと」
「アイツだって男だ。ましてやこの中で抱けるヤツなんてお前しかいない。そこんとこもう少し自覚を持て」
「うぅ……」

なんとなく杉元に組み敷かれるのを想像したんだろう。軍の中ではどちらかと言えば非力寄りの俺の腕を、おそらくどうすることもできなかったのに、あの馬鹿力相手じゃ抵抗もクソもない。

「分かったら俺の隣を離れるな。今日も明日も李麻は俺の湯たんぽだな」
「…………」
「?」

急に黙りこくった李麻の流れている髪を耳にかけてやるとぼそっと呟いた。

「……別に、いいけど、銃が背中に当たってるの、結構痛いんだから……」
「……ははっ。分かったよ」

なんだかんだ、李麻も俺に抱き寄せられてんのは安心してるからかもななんて柄にもない事はさすがに言うのをやめた。





2020.1/25

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