□全部覚えてる
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「尾形さんってぇ、えっちですよねぇ」
「…………は?」
「尾形さんってえっち」
「二回も言うな聞き返した訳じゃない」

思わず酔いが覚めた。
いつもは誰に酒を勧められても一口も飲んでこなかった李麻が、珍しく飲むと言った時点で止めるべきだったかもしれない。
こんな男しかいない酒盛りの場で一体何を言い出すんだこの娘は。

「はぁ〜?李麻ちゃん俺はぁ?」
「杉元さんはぁ、えっちじゃなぁい。だってえっちにしちゃったら谷垣さんが大変なことになるもぉん」
「え〜なんで〜尾形だけずりぃよぉ」

何がずるいんだ一回死ねよ。
アシリパが眠りこけているのが唯一の救いだったのかもしれん。あいつはこの手の話に無駄に食いついて来る。

「でもさぁ李麻ちゃん?尾形ちゃんのどこがえっちなの?」
「ん〜〜顔?身体?雰囲気?……全部?」

人を歩く18禁みたいに言うな。
李麻の言葉に杉元と白石が俺の顔を凝視してきた。見るなアホ。

「……李麻」
「なぁに尾形さん」

自分を落ち着かせるために髪をひと撫でして、李麻がお猪口を煽れないように軽く手を重ねる。

「飲み過ぎだ。普段飲まねぇのに急にその量は身体に毒だ」
「まだ飲めるよぉ?」

酔ってる自覚が無いのが質が悪い。
相手が相手だったら襲われてても文句は言えんぞ。真っ赤になった顔に掌を添えれば、ん、と少し声を漏らした。お前人のこと言えねえだろ。俺の手の冷たさが気持ちいいのか緩んだ表情で添えた手に頬ずりをしている。

「……立てるか?一回外に出ろ。今のお前なら寒いどころか涼しいだろ」
「ん〜」
「やだ〜尾形ちゃんのえっち☆」
「はぁあ?お前李麻ちゃんに手ェ出したらぶっ殺すからなぁ!?」

促されて力無く立とうとする李麻の両脇に腕を差し込み、無理矢理立ち上がらせる。
野郎二人の野次など知らん。半分俺に抱き付くような形で立っている李麻の腰に手を回して小屋の外に出た。

「きもち〜」
「……」

俺の支えがなきゃ立っていられん癖にフラフラと何処かに行こうとする李麻を繋ぎ止める。酔いが覚めたし寒いだろうと思っていたが、俺も思いの外涼しさを感じていた。
突っ立っているのもなんだろうと一つだけポツンとあった切り株に座るように促したが李麻は座ろうとしなかった。

「尾形さん座ってぇ」
「…………」

何かしらの固い意志を感じ取って俺が切り株に腰を下ろすと、すかさず李麻が向かい合わせで俺の足の上に跨った。

「は」
「えへへ……尾形さん好きぃ」

ぎゅう、と無い力で抱きついてくるのが死ぬほど可愛らしい。
惚れてる女にこんなことされて昂らない奴はいないだろう。えっちだのなんだの言われて、抱き付かれて、胸あたってるしな。
バレても構わんと徐々に主張を強めていく自身を放置して李麻にされるがままになっていた。

「ねー尾形さん……」
「なんだ」
「ちゅー……していい……?」

願っても無いことを聞かれて思わず固まった。
別に付き合っている訳ではない。ただ勝手に俺が好意を寄せているだけで、酔っている勢いとはいえ李麻から好きなんて言われたのはさっきが初めてだ。
李麻は誰にだって同じように接した。杉元にも俺にも、土方にだって似たような態度を取るような娘だ。杉元がこいつに好意を寄せているのを知って、どう見たって報われない恋をしている杉元を鼻で笑っていた過去の自分だけは脳天をブチ抜いてやりたい。杉元と同じ様に、年甲斐もなく李麻に恋心を抱いて燻らせている。

「ねぇ……ダメ……?」
「っ……、してほしいのか?したいのか?」
「ちゅーしたい……」

犯してぇ……。
絶対にバレてるだろうと思えるほどガチガチに固くなった自身が苦しそうに脈打つのが嫌でもわかる。

「おがたさん、」
「したかったらすればいいだろ」

そう言うと李麻は心底嬉しそうな顔をしてから俺の顔をその小さな両手で包み込んだ。
俺に影を落としていく李麻の顔を脳裏に焼き付けるように見つめる。
ちゅ、なんて可愛らしい音を立てて一瞬で離れてしまった唇にクソほどに寂しさを感じるあたり惚れた弱みだろうか。

「えへ、えへへ……」

お前はあんなので満足なのか。
俺は物足りない。むしろ今ので火がついた。
ほわほわと笑顔を浮かべる李麻の顎に指を添えると先程とは比にならない勢いで李麻の唇に噛み付いた。

「んん……!?」

驚いたのか身体をバタつかせる李麻を抑え込む様に、引き寄せて抱きしめる。
柔く大きな胸の感触が外套越しでもよく分かる。互いの服越しなのに、昂り切っている自身が李麻の秘部に当たったのも、よく分かった。

「んん、んっ……、ぁ、ふぁ、ん……」

お前だって充分えろい。
杉元は何回妄想の中でお前を犯しただろうな。俺だって数え切れない。きっと白石にもオカズにされてんだろ。
息が苦しいのか、当たっているのが気持ちいいのか、次第に李麻の腰が動き始めた。
えろい。
そのうち俺の首に回されていた腕が苦しさを訴えるかの様に外套を強く掴んだ。

「はっ……」
「ぁ、はぁっ…………」

唇を離すと俺と李麻を繋ぐ銀色の糸が月明かりに照らされて艶やかに光っていた。やがて名残惜しそうにプツンと切れた頃、李麻を見れば蕩けた顔で俺を見ていた。腰はまだ僅かに動いている。

無理だ、我慢できねぇ。

「李麻っ」

名前を呼んだのと李麻が力無く項垂れたのがほとんど同時で時間が止まった。
俺の肩に頭を預けて健やかな寝息を立てる李麻にどうしたものかと、腰を少し突き上げてやれば声を漏らすものだから居た堪れない。

「なんてこった……」

そういえば李麻、クソほど酒煽ってたな。
さすがに意識飛ばしてる李麻に手を出す気にはなれず深いため息が出た。
昂り切ってしまった己の欲を吐き出さない限りは治らない。

「これで明日記憶ないとかだったら、本当に居た堪れねぇよな……」



「ちゅー……していい……?」

そんな自分の言葉を思い出して私は頭まで被せた外套のなかで一人死んでいた。
恥ずかしくて無理。
いや、そんなことよりもっと恥ずかしいことがあった。思い出すだけで顔から火が出そうだし口から心臓がまろび出そう。
二日酔いで頭も痛いし、やっぱりお酒なんて飲むものじゃない。みんなよくあれだけ飲んだ翌日に暴れまわれるな……。

「…………」

いまだに寝息だけが響き渡る小屋のなかで、私は静かに起き上がった。外套が頭から滑り落ちて、かすかに朝日が差し込む小屋の中が視界に入る。

「っ!」

そこで気付いた。尾形さんが起きていた。
基本的に静かな人だから気付かなかった。胡座をかいて座っているところを見るあたり、だいぶ前に起きていたのかもしれない。

「……お、おはよう、ござい、ます」
「あぁ……」

顔が見れない。恥ずかしい。
こんなことなら、飲んだ勢いで記憶飛んで欲しかったかも。
でも、昨日意識が飛ぶまでの記憶は、全部鮮明に覚えているのだ。尾形さんに好きって言ったことも、自分から口付けしたことも、そのあと反撃を食らってあられもない声を出してしまったことも、全部、鮮明に、覚えてる。

「大丈夫か?」
「えっ、あ、はい……頭、痛いけど……」
「二日酔いしてんじゃねえか。……昨日の記憶は、どこまである」

その問いは本当にもう拷問級だったし元々感情を隠すのがド下手な私は一気に真っ赤になったことだろう。

「……は?まさかお前、全部覚えて、」
「か、顔っ、洗ってきます……!」

逃げる様にフラつきながら立ち上がって小屋を出た。
いや、ねぇ、うん、尾形さんも、その表情はずるくない?
私だって、いつも飲まないお酒を飲んだのには訳があったんだ。普通に構ってくれるのが嬉しくて、その関係が崩れるのが嫌で、でも、だんだん自分の気持ちが制御出来なくなってきて。
だから、お酒の勢いに任せた。
思ってたより大胆になってしまった自分が恨めしい。好きだと伝えるだけで良かったのに。
下腹部に当たっていた質量と熱を思い出して疼く。さっきの尾形さんの恥ずかしさと嬉しさと驚きが交じったような表情に脈が早くなる。

「あんな、あんなの、自惚れちゃう……!」




2020.1/21

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