□猫は獲物を横取る
1ページ/1ページ


「お前は、あいつの女か」
「は……?」

一緒に行動するようになってから、ずっと掴めない人だなって思ってた。皮肉は普通に言うし、猫みたいだし、その性格故か佐一くんとよく喧嘩するし、猫みたいだし、無駄口叩かなさすぎるし、猫みたいだし……、猫みたいだし。
別に猫は嫌いではないけれど、この人が猫だとしたら本当に難儀な猫だ。

「ちょっと言ってる意味が」
「アホか。そのままの意味だ」

本当に、偶々。初めて二人きりになった。
いつもなら佐一くんが何かと割って入ってきてたから二人きりになることはなかったんだけど、今日は佐一くんが近くにいなかった。
何を考えているか読み取れない夜のように黒い瞳に真っ直ぐ見つめられてすこし身動いでしまう。

「いや、別に、そういう関係ではないけど……。なんでそんなこと聞くの……?」
「…………そうか」

質問に答えて?そういうところだよ尾形さん?
分からない。佐一くんも結構何考えてるか分からないけどこの人の方がよっぽど分からない。なんでそんなこと聞くのかな。

「尾形さん、私尾形さんの質問に答えたよね?」
「…………」
「私の質問にも答えてよ」

銃を手放さないその手が、少しだけ動揺の色を見せた。ような気がした。たぶん気のせい。
うぅん、聞かなければよかったかな。足手纏いだなんて言われたら結構傷付く。
たしかに私は佐一くんに懇願されてこの金塊争奪戦に加わった。俺が絶対守るからって、李麻ちゃんには誰にも触れさせないからって。不死身の杉元なんて二つ名が付いている人にあんな顔されて断れる人がいるんだったらあの場に連れてきて欲しかった。あの時私の手を包み込んだ大きな手が少し震えていたのは、今でも鮮明に覚えている。
それに私は別に自分のことを戦力外だとは思ってない。護身用だけど格闘術だって身につけてるし、独学だけど医療の知識もあるし、佐一くんは知らないし知ったら怒るだろうから言ってないけど、自分の身を守るためにこの手を汚した。人を、殺したことがある。

「…………」
「…………」
「……はぁ。……あのバカが」

私からの無言の圧に耐えられなくなった訳ではないだろうけど、面倒くさがり屋の癖に無視して何処かに行こうとはせずに質問に答えようとしはじめたのにはビックリした。

「やけにお前の事を気にかけるから」

忙しなく髪を撫でつける尾形さんはなんだか新鮮だった。さっきまで私のことを射抜いていた瞳はあらぬ方向を向いていた。
……ん?

「佐一くんが私のこと気にかけるから彼女だと思ったの?でもそんなこと言ったら佐一くん、私よりアシリパさんの方をよく気にかけてない?」

あぁ、でもさすがに一回り離れてるからそういうのは無いかなぁ。でもアシリパさんはねぇ、たぶんだけどねぇ、えへへ。
なんて言葉を濁して笑ってたら、今度は呆れを含んだ瞳がこちらを向いていた。
なんですかその眼は。私おかしなこと言った?

「お前……、アイツがいちいち俺とお前の間に割って入ってくる理由を分かっているのか?」
「え?尾形さんのこと嫌いなだけでしょ?」
「嫌いなだけでわざわざ割って入ってくるわけないだろう」

嫌われてるのは否定しないんだ……。まぁ尾形さんも佐一くんのこと嫌ってるもんね。
でも、そう言われてみればなんで佐一くんって、私が尾形さんと二人きりになりそうになると来るんだろう。白石さんとかキロランケとかと二人きりになる時は全然そんな事ないのに。

「え〜、じゃあなんで?尾形さんわかるの?」

自分より幾分背の高い瞳と視線がかち合う。
猫目だから、本当に猫みたいだなぁなんて思ってしまった。
その状態での沈黙が数秒だったか数分だったか分からないけれど続いていた中、遠くで佐一くんが私を呼ぶ声が聴こえた。

「あ、佐一くんたち戻ってきたんだね。私たちも戻ろう?尾形さん」
「……」
「尾形さん?」

声がした方を指差して帰ろうと促しても尾形さんから動く気配はしなかった。
どうしたの?と首を傾げてもその瞳から感情を読み取ることはできない。
草木を掻き分ける音と佐一くんの声がだんだん近づいて来る。
ほら、行こうよ、って裾を引っ張ろうとしたらあっという間に捕まってしまった。

「?!」
「俺がお前とアイツの関係が気になるのも、アイツが俺らの間に割って入って来るのも、答えは一つだろうが」
「わっ」

ぐっ、と引っ張られて気付いたら尾形さんの腕の中にすっぽり収まっていた。
なんとなく、この状況を佐一くんに見られたらやばい気がした。
私も私で緊急事態の時以外の、こんななんでもない時に男の人に抱きしめられるなんて思ってなくて心臓がうるさい。尾形さんにも聴こえてしまってるんじゃないかと思うぐらいにうるさいし、自分でもわかるぐらい顔に熱が集まってる。

「ははっ、存外可愛い反応すんじゃねえか」
「おっ、尾形さっ、ん、だめ、ダメだよっ。佐一くんがっ」
「答え聞きてぇだろ?」

そう耳元で囁かれて、掴まれていない、尾形さんの厚い胸板と自分の胸の間に挟まっている左手で思わず尾形さんの外套をぎゅっと握った。

「そんなんなぁ、俺がお前の事好きで、アイツもお前の事が好きだからに決まってんだろ」
「え、」

予想外の言葉が降ってきて勢いよく顔をあげたら唇が触れるか触れないかの距離に尾形さんの整った顔があって、相変わらず感情が読み取れない真っ黒な瞳は、私の気のせいでなければ熱が篭っていた。
尾形さんの口から“好き”なんて言葉が自分に向かって降ってくるなんて思ってなかった。
だから、つい佐一くんが近づいてきているのを、忘れて。

「でもアイツの女でもなんでもねぇなら、俺が手ェ出しても構わねえよな」

そう言うと尾形さんは、ほとんど距離の無かった唇を重ねてきた。
同時に。
ガサッ、と近くで草木を掻き分ける音が鼓膜を揺らした。
違う意味で心臓が跳ねる。ああ、忘れてた。身震いするほどの殺気が未だに私の唇を離そうとしない尾形さんへ向けられていた。

「クソ尾形ァ……!!」

もうその声だけで人を殺せるんじゃなかろうかっていうぐらい低い声で名前を呼ばれて尾形さんはようやく私の唇を解放した。軽い酸欠からか、生理的な涙が頬を伝った。
唇を離しても私のことは離すつもりがないらしくて、佐一くんを煽るかのようにより一層強く抱き締めてきた。

「お、がたさ、」
「どうした杉元……。何か用か……?」

わざっとすっとぼける尾形さんの手が、腰から少しずつ下っていく感覚に羞恥を感じると一緒に血の気が引いていった。
だめだよ、尾形さん、殺されちゃうよ。

「テメェ……李麻ちゃんに何してやがる今すぐ離れろ……!!」
「お前にどうこう言われる筋合はないな……。お前の女ではないのだろ?」

佐一くんの殺気がより強くなった。
やだ、お願いだから、佐一くんを煽らないでよ尾形さん。佐一くんも、落ち着いてよ。
あまりの殺気の強さに私の体は本能的に震え出していた。気付いた尾形さんが掴んでいた右手を離して、今度は両腕で私を覆った。

「あんまり殺気立つなよ。李麻が怯えてるぞ」
「! じゃあ、今すぐ李麻ちゃんから離れろよッ……。気安く名前呼んでんじゃねぇ、俺が無理矢理引き剥がしてもいいんだぞ……!」
「果たしてお前にそんなことが出来るかな?」

尾形さんの首元に顔を埋めていて顔は見えないけれど、どこか楽しそうな雰囲気を纏っていた。何が楽しいの?下手したら尾形さん、殺されちゃうんだよ……?

「まあ、好いてる女を大切にしすぎて手を出せない臆病者には無理な話だよな」
「ッ、テメェいい加減にしろよ尾形!」

とうとう堪忍袋の緒が切れた佐一くんが保っていた距離を縮めてきたのが分かった。

ああ、なんで、こんなことになったんだっけ。

「ははっ」

尾形さんの笑い声を聴いたのを最後に、私は考えることを放棄した。



2020.1/20

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ