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□いぬもくわないはなし
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ぽかりと目を開けると広がる肌色に私は目を瞬いた。状況を頭が整理するまでにしばらく時間を要したが、そっと目線を上げて赤面する。

眠る顔も端正なレオーネ・アバッキオがそこにいた。

彼に片恋してどれくらい経ったろう。チームの同僚として働きながら少しずつ距離を縮め、やっと昨晩その想いが実ったのだ。
頭がぼうっとして現実味がない。これは都合のいい夢なんじゃあないか?私は混乱しながらしばらく彼の寝顔を眺めていた。

「……ん、エルマ、起きたか?」

私の気配にアバッキオが起きた。ぎゅっと眉をしかめたあとゆっくり目を開け、その瞳は驚いたように見開かれた。

「おま…どうした?」
「え?」

恐々伸ばされた手のひらが私の頬を撫でる。その手にそっと拭われてその時初めて私は自分が泣いていることに気付いた。

「……悪かったな」
「なんで……謝るの?」

私はその手の暖かさに、彼といる今は現実だとホッとして余計に泣けてきて、彼の胸にすり寄って泣いてしまった。だから、私の頭を不器用に撫でてくれた彼がどんな顔をしていたかなんて知らなかった。


いつものリストランテに集まってブチャラティからの指示を聞く。先に行くぜ、と言って出て行ったアバッキオはいつもの席で音楽を聴いていた。その隣に座ろうと椅子を引いたら、心なしか彼が身体を避けたような気がした。

「どうかしたのかァお前ら。なんか様子が変だぜェ?」
「そう?何もないけど?」

ミスタにからかわれて恥ずかしくなった私は素知らぬ顔でコーヒーを飲んだ。何も言わずに私の様子を見ていたアバッキオは、今度は完全に私に背を向けるように座り直してブチャラティと話し始めた。

「あれ?」
「どうしたエルマ、聞いてたか?」
「あ、はい。アバッキオと潜入調査ですね」

ぼんやりしていた私を咎めるようにブチャラティが声をかけた。言われたことを復唱すると満足気に頷く。

「危険は少ないとは思うが、気は抜くなよ」

こくりと頷いてアバッキオを見る。相変わらずこっちを見ようともせず運ばれてきたサラダをつついていた。
何かおかしい。今までならここで調査の内容とか段取りを話し始める筈なのに。
首を傾げているとブチャラティがアバッキオに書類を渡した。

「こいつが資料だ。ケンカするなとは言わんが、仕事に支障がないようにな」
「……グラッツェ」

ケンカ?誰と誰が?もしかして私とアバッキオが?
嘘でしょ、だってゆうべ……。

そこまで考えて昨夜のことを思い出し、私はそれ以上考えられなくなった。

「エルマもアバッキオも、今日は様子がおかしいですよ。何かありましたか」
「なんでもねえっつってんだろ。行くぞエルマ」
「あ、待って。ごめんねジョルノ、またね」

ジョルノが声をかけてきたけど、苛ついたように席を立ったアバッキオが私の手を取り立ち上がらせた。そのままドアに向かうから、私はジョルノに小さく手を振ってからアバッキオに付いて行った。




仕事自体はブチャラティの言った通り特に問題も無く終わることができた。さすがに仕事中はアバッキオの態度も元に戻って、このまま今まで通りになるかと思ったんだけど。

「ねえ、どうしたの?」
「なんでもねえ」

帰りの車の中ではまた今朝みたいな態度に戻ったアバッキオ。さすがの私も不安になってきた。
私何かやらかしたかな。だとしたらきっと昨日の事だよね。やっぱり私なんかじゃあ満足しなかったのかな。後悔してるのかな……。
黙り込む私の横から小さなため息が聞こえた。それが怖くて私は俯く。そうして二人とも無言のまま、アバッキオの運転する車が私の家の前に停まる。

「アバッキオ、今日は…… 」
「報告書纏めてくるぜ。どうした、早く降りな」
「うん」

促されて車を降りる。ドアを閉めるとアバッキオはこちらをチラッと見て軽く手を上げると、そのまま走り去って行った。
昨日の今頃は彼の腕の中で世界で一番幸せだと思っていたのに。どうしてこうなっちゃったんだろう。
悲しくて悲しくて、私は一人の部屋でずっと泣いていた。


「あなた達別れたんですか?」

ジョルノに聞かれたのはそれからしばらく経ってからだった。外回りの仕事を彼と二人でしている最中、小休止にと入ったカフェでケーキを前にして。

「たぶん……。フラれちゃったんだと、思う」
「はっきりしませんね」
「だって何も言われてないし、私もハッキリ聞くの怖くて。そもそも付き合ってたって言えないよ、あんなの……一晩でなんて」

あれからアバッキオは私の家にも来ないし、外で会おうとも言ってくれない。私が話しかけても、単なる同僚だった頃よりも素っ気なく話を切り上げられてしまう。
もうこんなの失恋確定だろうに、私は彼から決定的な言葉を貰っていない事だけに縋っていた。それくらい彼が好きで好きで、どんなにみっともなくてもいいから、まだ私は彼の恋人だと思っていたかった。

「馬鹿みたいでしょ。無駄だって言いたそうな顔してる」
「そうですね、悩むなんて時間の無駄です。あなたも、アバッキオも」
「アバッキオが?なんで?何を悩むの?」
「さあ、本人に聞いてみたらいいんじゃあないですか?」

すました顔でケーキを口に運ぶジョルノを睨むと、ふふ、と微笑まれた。

「似た者同士ですね、あなた達。アバッキオ、今日は夕方にはアジトに戻るって言ってました。それから、この後の仕事は僕一人で十分ですからエルマは帰っていいですよ」
「……グラッツェ、ジョルノ」

私は二人分の伝票を掴むとレジに向かった。ちゃんと話をしよう、そう思ってなけなしの勇気を振り絞る。

「アバッキオ、いる?」

アジトのドアを開けて声をかけると、ソファに座って書類を見ていたアバッキオが怠そうに顔を上げた。
うまい具合に室内には彼しかいないようだった。

「なんだエルマ、どうした」
「少し話がしたいの。時間をください」
「今忙しい」

それだけ言って再び書類に目を落とすアバッキオの隣に座る。彼の眉間のしわが深くなった。

「忙しいっつってんだろ」
「ごめんなさい。でも、どうしても聞きたいの。アバッキオ、もう私の事……嫌いに、なった?」

最後が震えたけどちゃんと聞けた。Siって言われたらどうしよう。怖いけど彼を見つめていたら、一層険しい目付きになってから彼が口を開いた。

「何言ってんだお前…… 」
「だって、あの日までは普通にしてたじゃない。やっぱり私じゃダメだった?気持ち良く、なかった?」

ああだめだ、我慢していたけれど目の前の彼が滲んで見えた。

「ちょっと待てエルマ、お前何言って…… 」
「私、アバッキオが好き。大好き。迷惑ならそう言って?難しいけど、ブチャラティに言ってチームから抜けたって…… 」
「だから待てって言ってんだろ」

泣きべそで話す私の肩にアバッキオの手が乗った。大きくてあったかい彼の手。
黙った私にため息をついてアバッキオが口を開いた。

「お前こそ……オレと寝た事後悔してたんじゃあねえのか?」
「え?私が?」
「朝、泣いてただろうが」
「あ、あれは……あんまり幸せで、自分に都合の良い夢でも見てるんじゃあないかと思ったら涙が出ちゃったの。そしたらあなたが起きて、やっぱり現実だったんだって嬉しくて、その、嬉し泣きってやつ」
「はあ!?」

アバッキオが素っ頓狂な声を上げた。掴まれた肩に力が入ってちょっと痛い。

「嬉し泣きだと!?ふざけんな」
「ご、ごめんなさい」

訳がわからないけどとりあえず謝っておく。アバッキオは、はあぁと大きなため息をついてから私を抱きしめた。

「オレはてっきり、お前がオレなんかとした事後悔してるんだとばっかり思ってたんだぜ」
「それで距離を置いたの?」
「それ以上嫌われるのはごめんだからな」

二人とも同じようなことで悩んでたなんて。ジョルノの言った通り、時間の無駄だったみたい。

「私があなたを嫌いになるなんて、そんなのありえない。こんなに大好きなのに。ずっとずっと好きだったんだから」
「それを言うならオレもだな。さっきの答えはNoだ」

ゆっくりアバッキオの顔が近付いて唇が重なる。探るようなキスは次第に深く激しくなり頭がくらくらする。そのままソファに押し倒されそうになって、私は慌てて抵抗した。

「ま、って、ここじゃ、誰か、帰ってきちゃう」
「……それもそうだな」

アバッキオは渋々といった感じで私を解放すると手元の書類を片付け始めた。

「忙しいんじゃあなかったの?」
「それどころじゃあねえだろ」

ニヤリと笑う彼の瞳が熱を孕んで揺れた。差し出された手をドキドキしながら取れば、ぐいと引き寄せられて腰を抱かれる。

「ワイン買って帰ろうぜ」
「うん」

もう一度軽く触れた唇に、彼への想いが溢れて涙が出た。




「ああ、仲直りしたんですね、良かった」
「良くねえよ!そういうのは家でやれ家で!」

翌日、いつものリストランテで私はジョルノに微笑まれミスタに文句を言われた。それもこれもこのライオンくんのおかげなのだが。

「ね、も少し離れて?食べにくいし」
「あ?いいじゃあねえか。こいつも美味いぜ」

アバッキオはぴったり椅子を寄せて座り常に私に触れている。そして時たま自分の食べているものをあーんしてくるので私は恥ずかしくて仕方なかった。

「お!お前ら仲がいいな」

はっはっはと遅れて入ってきたブチャラティに笑われたが、アバッキオはドヤ顔するだけで離してくれない。だめだこりゃ、諦めよう。それに。

「嫌われちゃったかもって悩むよりずっといいかな」
「エルマ?」

素直に彼の肩に頭を預ける。ミスタにフーゴまで何か言ってるけど聞こえない聞こえない。
だって私は今世界一幸せなのだから。
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