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□しょっぱくてあまい
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【国語の教師ブチャラティと女子高生夢主の学パロです】


2月14日。夕刻。
生徒は既に下校しており、残る教師陣もそろそろ帰宅しようかという頃。アバッキオが国語科準備室を訪ねた時、ブチャラティは自分のデスクに置かれた物体を凝視していた。

「……何やってんだ」
「アバッキオか、まあ、こいつを見てくれ」

言われて覗き込むと可愛らしいラッピングが開かれて小さな箱がある。さらにその中には薄茶色の物体が見えた。

「チョコレートか?相変わらずモテるな、アンタは」
「いや、それがな……ひとつ食ってみてくれ」
「いいのかよ」

アバッキオは摘み上げたそれの感触に違和感を覚えた。よくよく見ればそれは。

「揚げ餅」
「だよなあ」

醤油の香りも香ばしい小さな揚げ餅。口に放り込めばサクサクと歯応えも良く、油っぽさを残さずに消えていった。

「うめえ」
「あっこらもうダメだ」

後を引くそれにアバッキオが手を伸ばすとブチャラティは慌てて箱を引いた。

「エルマが持ってきたんだが……どう言う事だと思う?」
「……ッハ、惚気かよ。しかしチョコレートじゃあねえのか。相変わらず変わってんな」
「真面目に考えてくれ。ホワイトデーの菓子は意味があるって言うじゃあないか。じゃあバレンタインデーの贈り物には何か意味があったか?その、マシュマロは『嫌い』の意味みてえに」
「揚げ餅にか?さあな、聞いた事ねえ。直接聞いてみりゃあいいじゃあねえか」

名残惜しそうに揚げ餅の箱を見るアバッキオはデスクに座る友人の困り顔を腕組みして見下ろしていた。デスク横には大きな袋に入ったプレゼントの山。大方女子生徒に貰ったのだろう。こいつは人気者だからな、と思い、ふとある考えに行き着いた。

「それ、エルマも見たか?」
「ん?ああ、まあ……隠し立てできるもんじゃあないしな。毎年の事だし。」

今日は一日中、授業に行くたびに女子生徒に囲まれていたことを思い出してブチャラティは苦笑する。エルマもなかなかその中に入って来れず、結局放課後、人が少なくなった頃にやっと持ってきたのだった。

「だからじゃあねえか?揚げ餅」
「は?」
「甘いのは充分貰ってんだろ」

プレゼントの山を指し示すアバッキオにブチャラティもハッと気付いたようだった。

「確かに、全部は食い切れねえって言ったことがある」
「それで揚げ餅ってえのも面白えけどな」

アバッキオが苦笑してブチャラティを見れば、ブチャラティは感心したように揚げ餅をひとつ目の高さまで捧げ持ち、ゆっくり口に運んだ。サクサクという咀嚼音が聞こえてくるようだ。

「うまいな」
「だろ?」

だからもう一つくれ、と出したアバッキオの手にブチャラティは渋々一つ乗せた。

「お茶はねえのか」
「コーヒーしかねえな。帰って飲め」

よし、と箱の蓋を閉めて、ブチャラティは大事そうに揚げ餅を鞄に入れた。そして立ち上がると何かに気付いたようにハッとしてアバッキオを振り返った。

「なあアバッキオ、ホワイトデーはチョコレートのお返しだろう?揚げ餅のお返しはどうしたらいいんだ!?」
「……何でもアンタの好きな物やったらいいだろう。帰るぞ」

本気で悩み出しそうな友人の背中を叩いて笑いながらアバッキオは歩き出した。





同日夜8時。エルマは自宅の部屋で課題も手につかない程悶々と思い悩んでいた。

(どうしよう……ブチャラティ先生、毎年チョコレート山ほど貰ってるからしょっぱい物も食べたいよね!!って勢いだけで揚げ餅作っちゃったけど、引かれてるかなあ……無難にチョコレートにしとけば良かった……昨日の私の阿呆〜〜!!)

チョコレートを作る準備もしていたのだ。それなのに突然閃いてしまったその手は止まらず、気が付いた時には香ばしい揚げ餅が大量に出来上がっていた。

「お父さんには喜ばれたけどさ……肝心の先生の反応が、怖い……」

カリカリとノートにシャーペンを走らせながらエルマは盛大なため息をついた。ちょうどその時彼女のラインが鳴る。

「先生」

慌てて開くとそこにはブチャラティからのメッセージが届いていた。

『揚げ餅うまかったぜ。ごちそうさん』

「良かったぁ〜!!」

エルマはスマホを抱きしめて大きくため息をついた。それから急いで返信メッセージを綴る。

『良かった!でもバレンタインに揚げ餅って変でしたよね。チョコレートの方が良かったですか?』
『驚いたが変じゃあないだろう。エルマのチョコも食ってみたかったけどな』

「私のチョコ」

ブチャラティのメッセージを読んだエルマは何事か決めたように真顔になると、開いていた課題のページを閉じて階段を駆け下り、キッチンに向かった。

「ちょっとどうしたのこんな時間に!」
「お母さんごめん!台所貸して!」
「おっ、今日はチョコか?」
「お父さんには余ったらあげるから!」

娘の発言にしょんぼりする父を尻目にエルマは夢中でチョコレートを刻み始めた。



翌日の放課後、補習に来たエルマが持ってきた生チョコは課題を終えた後のコーヒータイムに出され、二人は一日遅れのバレンタインをゆっくり堪能したのだった。

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