がらくた置き場

□牧君と不思議ちゃん
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始業式の話
クソにわか






*****



三年生初めての始業式の日。牧の隣の席が、ポツンと空いていた。
登校した生徒達は三年間で見知った顔ぶれであるから誰が来てないのかと首を傾げた。
結局、本鈴が鳴っても空席のまま、謎の生徒を置いて体育館で始業式が始まってしまった。



長く退屈な話に、俯いて欠伸を噛み殺す牧の視界の端で、人影が動いた。
俯いたまま視線をずらすと、体育館シューズを履いていない、黒いストッキングに包まれた足があった。
隣を見ると、周囲の女生徒達よりも群を抜いて高い位置に頭がある。


日の光に反射するグレージュのショートヘアは、前下がりにカットされ整えられている。
俯き垂れる髪の隙間から覗く高い鼻筋から、雪の様に白い肌色が見えた。


視線に気付き、顔を上げた女生徒に牧は目を丸くした。



*****



演奏家の両親と、小学生の時から世界各地を転々としていた○○○も、それに倣い音楽に興じていた。
成長するに連れ、演奏会への参加の機会も増え、彼女の知名度も少しずつその界隈に広がっていった。


そんな折、漸く帰国が決まり、転入先の高校も決定したと家族三人喜んでいた。


それなのに


日本行きの飛行機のトラブルにより、空港で足止めを受けてしまい、大幅に予定がずれ込んでしまったのである。
しかし、空港から学校に連絡を入れていたのが功を奏したのか、問題なく学校に入ることが出来た。


急いで制服のジャケットを羽織った○○○は、教員の後に着きながら体育館へ入ると、荷物を隅に置き、指示された列に静かに混ざり込んだ。


人が密集しているとは言え、春先は冷える。ストッキングのまま体育館へ立った○○○は小さく体を震わせた。


生憎、上履き以外持ち合わせていない○○○は、ストッキング越しに冷えていく足を見下ろして、暖を取る為に羽織ったジャケットのポケットに手を入れた。


ふと、隣から感じる視線に、○○○は、目線を上げた。



*****



青と灰色を、一つずつ携えた瞳に彫りの深い目元は、世間一般がイメージしやすい"外国人"の顔だ。
牧は、無表情で顔を上げた彼女の不思議な瞳に釘付けになった。


無言で見つめ合う瞳は、相手の瞬きで幕を閉じた。
興味が失せた様に視線を外し、足先を擦り合わせる彼女に、牧は小声で話し掛けた。


「寒いのか?」
「…私?」
「ああ。」
「ん…。」
「…もう終わるから、もう少し我慢しろ。」


牧の言葉通り、直後に式は終わり学生達はぞろぞろと教室へ戻って行った。



*****



○○○は黒板に貼られた座席表を頼りに窓際の席に座ると、鞄から取り出したチョコレートを一つ摘まんだ。
口に広がる甘味に瞬き一つすると、隣の席に目をやった。


「さっきはどうも。…。」
「牧だ。××。」
「名前知ってるの?」
「名簿貼ってるしな。」
「成る程。」


○○○は、ふうんと呟くとまた一つ、チョコレートを口に入れた。


「…日本人だよな?」
「うん。日本名だし。」
「随分日本人離れしてる顔だと思ってさ。」
「そう?…ハーフだからかな?」


首を傾げながら言葉を紡ぐ○○○は、真っ直ぐに牧を見つめた。


「私、そんなに変?」
「え?」
「皆と大して違わないと思ってた。」
「…気を悪くしたならすまん。そう言う意味で言った訳じゃ無いんだ。」


謝る牧に、口を開きかけた○○○は、担任の登場にその先を言わず終わった。



*****



その後、口を利くこともなく、一日が終わった。帰宅を始める生徒の波を粗方見送った○○○も、鞄を肩に掛け席を立った。


教室を出たすぐの廊下で、牧を手が○○○の肩を叩き、彼女は肩越しに牧を振り返った。


「何?牧君。」
「いや…その、さっきは悪かった。」
「気にして無いから大丈夫。慣れてるし。」
「…。変とかじゃなくて、純粋に綺麗だと思ったんだ。」


その目、と牧は小さな声で呟き○○○に目を合わせた。
大きな目を彩る、青と灰色のオッドアイは、硝子玉の様に光の加減で色味を変え牧の姿を捉える。


「ありがとう。そんな風に言われたのは、久し振り。」


体ごと牧に振り返った○○○は、幾らか高い彼の顔を見上げて微かに頬を緩ませた。


「牧君も、とても綺麗よ。」


進行方向の波に逆らい、見つめ合う二人を盗み見るギャラリーなど、二人の意識にはなかった。


「とても、綺麗。」


うっすらと目を細め、柔らかな声で呟いた○○○は、牧の肩に手を添えると、日に焼けた褐色の頬に白い頬を寄せた。

所謂、チークキスである。

固まる牧を他所に、体を離し踵を返した。


「それじゃあ、さようなら。」


また明日、と告げ去って行った○○○に、牧は暫し動くことが出来ずに佇んだ。



*****





始業式の話
おしまい

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