がらくた置き場

□はじまりから結びまでのお話
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お琴は初心者。
入学して2ヶ月位の話。




*****
昼休み、昼食を終えた仙道は教室の一番後ろの自分の席で、隣の席へ顔を向けた。
空席の机にはシンプルな革のペンケースと次の授業の教科書が置かれ、きれいに整頓されている。

「○○○、本当に面白い。お腹痛い。」
「ふふふ、■■ちゃんごめんて。許しちゃって。」

お腹を抱えて笑う女生徒たちの隣に、背筋の伸びた○○○と呼ばれた女生徒が口に手を添えて笑っていた。

「はー!笑い過ぎた!まだ可笑しい…ふふ。」
「じゃろ、おもろいじゃろうが。」

聞き馴染みの無い話し方に仙道はきょとんとしながら、予鈴に合わせて座席に戻ってきた○○○に声を掛けた。

「××さんって、関東の人?」
「え?」
「ごめん。××さんが話すの初めて聞いたんだけど、あんまり聞いた事ない語尾だったから。」

突然話し掛けられ言葉に詰まった○○○に、仙道は慌ててフォローを入れた。すると○○○は顔を赤らめて仙道にポツリと言った。

「うち、地元関東じゃあ無いんよ。」
「え、そうなの?」
「うん。親の仕事で岡山から此方に進学して…標準語って難しくて…。」

段々と声が小さくなる○○○に仙道は、へら、と笑い首を横に振った。

「気にならないよ。それに方言ってあんまり聞かないからさ、新鮮だよ。」
「仙道君。ありがと…。」

○○○は赤い顔のまま、はにかみながら仙道へお礼を述べた。大した話もしていないのに、仙道は恥ずかしさを感じ黒板に向き直った。

*****

授業が始まり、静かになった教室。仙道がシャープペンの手を止め、真剣に教員の話を聞く○○○を見た。
親の仕事でと話していたが、恐らく神奈川への引っ越しが決まった初春の段階で、既に岡山での進学先が決まっていたのだろう。
上履きやノート等の物品が、実は自分達が入学前に購入した物とは違う学校の物だと言うのも仙道は気付いていた。

教科書とノートに書き込みをする○○○から仙道は目が離せなかった。

「仙道、仙道!」
「は?」
「次の段落から、はい読んで。」
「え?」

いつの間にか担当教員に当てられていた仙道は教科書を適当に捲りながら首を捻った。クラスからは笑みが零れ、仙道は眉を下げた。

「40頁の二段落目から。」

○○○は、仙道へ頁数を伝えると教科書へ視線を落とした。
事なきを得た仙道は無事音読を終えると席に着いた。

「××さん、ありがとう。」

小声で○○○に話し掛けると、どういたしましてと返事がきた。続けて○○○に教員が当てると、教科書を片手に静かに立ち上がった。
はっきりと聞き取りやすい○○○の音読が、教室に響いた。クラスメイトも教員も、詰まる事ない音読に聞き入った。頁を捲る音だけが雑音となり、大きな段落が終わりを迎えた。

「はい。ご苦労様。それじゃあこの続きは次回します。分からない所は聞きに来なさいね。」

終鈴が鳴り、教員は教材を抱え教室を立ち去ると室内はHRのまったりとした空気に変わっていった。

「○○○って本読み上手だね〜!続き気になってしょうがなかったよ!」

■■が○○○の席へ駆け寄り、目を輝かせながら感想を述べた。向かいの席の女生徒も頷きながら話に加わった。

「それにさ、さっきの授業珍しく仙道君寝てなかったしね。」

悪戯っぽく笑う■■に、仙道は目を瞬かせそう言えばと物思いに耽った。
何時もなら居眠りしてしまうのに、○○○の声を聞いていたら眠気など何処かへ吹き飛んでしまっていたのだ。
会話に花を咲かせる○○○達の横で、仙道は胸の中につかえる何かに眉を潜めたのだった。

*****

部活動の休憩中、仙道は顎を伝う汗を水道で洗い、タオルで拭った。夏が近付いてきて蒸し暑さも増してくる中、冷えた水道水が肌を冷やしてくれる。

その時、何処からか琴の音が聞こえてきた。陵南高校に筝曲部などあったのか。
今まで他の部活動など気にしたことも無かった仙道だったが、何処からか聞こえる琴の音色が気になってしまったのだ。
部活終わり、辺りも既に暗くなり皆帰路に着こうとした時、仙道の耳に再び琴の音色が入ってきた。

越野達と別れ、仙道は一人、音源である三階の茶道室へ来ると、明かりの灯る茶道室のドアを静かに開けた。
畳敷きの和室で、入り口に背を向けて正座する人物に仙道は見覚えがあった。伸びた背筋は、仙道の隣の席の○○○だった。

ピンと高い音を立てて止まると、○○○は入り口に振り返った。

「え、仙道君?」
「お疲れ様。こんな時間まで部活?」
「今何時?」

怪訝な顔をした○○○は仙道の言葉に時計を振り返り、驚いた顔をした。どうやら時間を忘れて練習していたらしい。
いそいそと片付ける○○○に、何故か仙道は優越感を覚えた。
茶道室の電気を切り、施錠をすると二人は暗い廊下を並んで職員室に向かって歩いた。

「俺、××さんが琴弾けるの初めて知った。凄いね。」
「全然!初心者じゃけえ、もっと練習頑張らんとおえんのよ。」
「おえん…?」
「ん?ああ、ダメってこと。」
「ああ、オッケー。でもさ、こんな時間まで一人で練習するの大変だね。」
「それは、茶道部が終わってからお部屋借りるけん、しょうがないのよ。先生のお稽古は毎週水曜日だけじゃから。」

成る程と仙道は頷くと、閃いた様に呟いた。

「じゃあさ、今日みたいに時々茶道室寄ってもいい?」
「え、何で?」
「気になったから。」

仙道はニコリと笑いながら○○○に言うと、○○○の手から鍵を取り颯爽と返却した。

*****

翌日、○○○は昨夜の出来事を思い出していた。
仙道が自分の練習を見ていた事。時間が合えば茶道室に寄る事。

隣の席の仙道ときちんと会話をしたのは昨日が初めてで、普段は挨拶位しか交わさずにいた○○○にとっては非常に目まぐるしい出来事だった。
ただでさえ、男子生徒と交流する事のない○○○は仙道と会話出来た事は喜ばしかった。

この胸に湧く感情は何なのだろうか。昨日の出来事を思い出す度に、火照る様な熱を与えてくるこの感情は。

○○○は深呼吸すると、朝練を終えて教室に入ってきた仙道を視界に入れると朝の挨拶をしたのだった。


続く

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