夢日記

□あなたのせい
2ページ/8ページ


…だめだ。泣きそうだ。



怖さで心が折れそうになった時、再び入口でバタバタと音がした。




「!?」


さっきの男達が戻ってきたらしい。
どこかに隠れなきゃ、でも、どこに?


わたわたと一人、コントのように慌てていると急に背後に気配がした。

「んむぅ!?」

突然口を抑えられ腕を掴まれ、後ろの死角になる狭い隙間に連れ込まれる。
何が何だかわからず、私はバタバタと手足を動かしたが、なんという力なのだろう。びくともしない。

「んんーー!!ん!?」
「アホ!ちょお、静かにせぇ、死にたいんか?」
「んむ………ッ…」


怖い。背後に感じる大きな存在に、私の心臓はさっきと比べ物にならないくらい早鐘を打っていた。



「あぁ?ここはさっき来た店だろうが!!ボケでもはじまったんじゃねえのか?ここはもう潰し済みだろうが!!」

入口で口論が起きている。
バキ、バキッ
嫌な音が2、3回響く。


男達は扉を開けずに入口前でガヤガヤやった後、再びどこかへ立ち去って行った。







……



「…なんや、中に入ってこぉへんのかい……は〜ぁ、仕事辞めたい言うてるやつにちょちょっと転職先を教えたっただけやないかい…血の気が多いやっちゃなぁ〜」
背後の男がぽつりと呟く。


「んぐ…ひぐ……」

もうなにがなんだかわからず、耐えられなくなった涙腺から涙が溢れ出す。

「〜っと!堪忍な、姉ちゃん大丈夫か?怪我してへんか?」

ぱっと抑えられていた口元が解放され少し体を離される。
自分でも驚くぐらい怖かったのだろう。涙が止まらず言葉が出てこない。
助けてくれて、ありがとうって。言いたいのに。

「だ……だぃ………だいじょぶ…」

「無理して喋らんでええ、あ〜…こないな時になんも持っとらんわ」

そう言いながらその男は近くのペーパーを1枚取り、「泣くなや」 私の頬に手をのばす。
黒い革の手袋がひたっと頬に触れ、その冷たい感触にビクッと体が反応した。

「…ありがと……ございま…」

涙が視界から減り、ふと顔を上げると隻眼の瞳でまっすぐこちらを凝視する彼と視線が合う。
やっと少し冷静さを取り戻せた頃、大の大人が泣いているということも相まって気恥しさに視線をぱっと下へと逸らす。

逸らして、ぎょっとした。

目の前のことに精一杯で気づかなかったが、派手な蛇柄のジャケットに下は素肌。
胸元に入っているのは鮮やかな、刺青……?
途端に、血の気が引いていく。


「しっかしカタギ大勢巻き込んでもうたなぁ〜…姉ちゃんもほんま堪忍な」

「い…いえ…」

再び呼び戻された若干の恐怖に震えた声で精一杯応える。
なんなんだ。今日はなんて日だ。
いつもの日常が。壊れてしまえとあれほど願った日常が。
こんな形で崩れるなんて。


「そないに怖がらんでもええで。ワシは姉ちゃんになーんもせんで。……ほな、もう行くわ」


そう言って男はよっこらせと立ち上がった。


「姉ちゃん早よ出、ここ危ないで」

「あ、ありがとうございます…」


ふらつく足元。力が入らない。
腰を抜かすとはこういうことか。面白いくらいに体に力が1ミリも入らない。

「…………大丈夫か?」

「はい…ッ」

なんとか声は出たものの、力を入れた足はふらふらで、やっと自立はできたものの歩くなんてもってのほかだった。
まるで生まれたての子鹿状態。恥ずかしい。

「も…ぃ…置いてってくださぃ…」

あまりの恥ずかしさに耐えられず立ち去りをすすめる。すると男はしばらく恥ずかしい状態の私を眺めたあと、小さい溜息をつき




「…しゃーないな」




そう言うと、どこかに電話を始めた。


「おう、西田。こっちに車出してくれんか?まだ近くにおるやろ。頼むで」

そして電話を切ると、男は瞬く間に私をひょいっと軽く横抱きにし、そのまま歩き始めた。

「へ!?あっ、え!?」

「こないなっとる女みてほっとけるかいな。大人しゅうしとき」



や、あの、違う、違う!
これもじゅうぶん恥ずかしい、この年でまさかお姫様抱っこされるなんて思ってもみなかった!
急なことで頭がどれもついていかない。


「安心せえ、とって食ったりせえへんから」

安心なんてできるか…!
そう思いながら外に出ると、酒を飲んだ火照ったからだに冷たい風が心地良い。


「家まで送ったるから、それで許したってくれんか」


思っていたイメージとはうって変わり低く優しい声をする男に、思わず顔を上げると鼻の先が当たるほど近い。
あまりこうも男性の顔を近くに感じることがないため、顔や耳が勝手に熱を帯びていく。




「ぅ…!」

「…?なんや、嫌か?おんぶにしたろか?」



私はふるふるとかぶりを振った。
男はこちらを見て二マっと笑うと前方に向き直った。その横顔を眺め思う。
この人…意外と、綺麗な顔立ちなんだな…
って私は面食いか。いつからそんなキャラになった、こんな時に!
そんなことを1人もんもんと考えていると男が口を開いた。

「そいや姉ちゃん、名前聞いとらんかったな。」

「え、あ…名無し…名無しです…」

「名無しちゃんか。ええ名前やな。今日は1人で来てたんか?」

眼帯をしてない方の視線が、きょろりとこちらに動く。

「いえ……上司の…接待で…」
「ほぉーん…そうか。大変やのう、女の仕事っちゅうんは…」

この接待の仕事が大変だ、という理解を男性から受けたことがあまりなかった私は少し嬉しくなる。



そういえばちゃんと助けて貰ったお礼を言っていない。
2度目は店の中に入ってこなかったとはいえ、もしもを考えるとあのまま1人でいて、相手の機嫌を損ねたりでもしていたら今頃は、もしかしたら………

考えただけで身震いがする。そう言えばちょっと先程から寒気もする。ストレスだろうか…
とにかく命の恩人でもあるわけだし、この思いは伝えなくては。




「あ、あの、助けてくれてありがとうございました…送りまで…ご迷惑おかけします…」

「お礼なんてそないなもんええ。怪我もしとらんくて安心したわ。」

「いえいえ…お名前、聞いてもいいですか?」

「ん?ワシか?ワシは真島や。真島吾朗。」




真島…



真島……………!?


(ここに真島って男はいるかぁ?)




先程の争いの時、あの男が言っていた名前がフラッシュバックする。



「あな…たが真島…!?」

「せやで。なんや気づいとらんかったんかいな。…まぁ名無しちゃん、あん時相当混乱しとったし、しゃーないか」

あなたが事の発端なんじゃないですか!というツッコミをしたかったがうまく言葉にできず、結局喉の奥にしまわれてしまった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ