夢日記

□夏祭
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「真島さん、浴衣で来てくださいね!」
と言い出した名無しのためにしばらく着ていない濃紺の浴衣を引っ張り出した。
近所で夏祭りが行われるらしい。
それを器用に身につけ、団扇をひとつ手に取り腰帯ににさす。

急ぎ足で待ち合わせ場所に向かうと、普段見慣れない姿の彼女がそこにいた。

名無しは俺に気がつくと
「あっ、真島さん!」
とこちらに手を振った。


「…どうしました?」

「……あ、いや…今日はいつにも増してえらいべっぴんさんやなと思て」


浴衣は白地に青と紫の華が咲き乱れ、彼女の肌をより一層艶めかせており、しばし目を奪われていた。

「え、えへへ…なんか照れちゃうな…」

赤くなりながら照れる彼女の頭を、思わずよしよしと撫でると赤い頬はさらに紅色に染まった。

「ほ、ほ、ほら!屋台!見ましょう!」

誤魔化そうとしているのかギクシャクとロボットのようになる姿を見て真島はククッと喉を鳴らす。

屋台を眺めていると、いつもの煌びやかなネオンとは違いぼんやりと提灯が赤い光を放っていた。


「あっ……真島の叔父貴!!お疲れ様っす。あ、姐さんもご一緒で!」


こういう屋台にはその筋が多いのか、度々屋台から声をかけられる。


「おー。えらい繁盛しとるみたいやないか。ひとつ買うてくか?」

「やややや!叔父貴から金なんかいただけないっす。姐さんと2人で食べてくださいよ!」


そう言って名無しに渡された大きなお好み焼き。


「わ。美味しそう…!」


名無しは嬉しそうに受け取りふわりと漂う湯気と踊る鰹節に目を輝かせた。

店主の若衆に「おおきに」と手を振り、暖かいお好み焼きを手に2人で屋台の灯りの中を練り歩く。


「…うちの食いしん坊がめっちゃ喜んどるわ。」

「誰が食いしん坊ですか。だってほら見てくださいよ〜ふわっふわ!」

「ほー?どれどれ…」

覗き込んだその時。持っていた割り箸が袖に引っかかり地面に落ちてしまった。

「あ…!」

慌てて拾うも、地面に落ちてしまった箸を使うわけにはいかず…
名無しは美味しそうなお好み焼きを目の前にしょんぼりとしていた。

「いまとって来たるわ。すぐ戻ってくるさかいそこで待っとき。」

近くの人気のない静かなところを指さしそう言うと、真島は先程の屋台の方面に人混みと一緒に消えてしまった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


少し経つと、突然背後から名無しは浴衣の袖をぐいっ!と引っ張られ、ビクッとしながらも真島が帰ってきたのだと振り返った。

「あっ、まじまさ………………?、ッ!!」

しかし、袖を引いたのは真島の腕ではなくガラの悪いチンピラ3人組だった。


「こーんな所でひとり?お嬢ちゃん?」

男の手が肩を組み、もう一人の男の手が名無しの浴衣の上をするすると這い回る。酒臭い。

「や……離してくださいっ…」


名無しは必死に抵抗し目に涙を溜め、腕を振りほどこうとしたがガタイのいい男の力にかなうわけがなく振りほどくどころかビクともしない。
動けば動くほど、浴衣の合わせが解けていく。


「ま、まじ…ま…さ…」


消え入りそうな声で呼ぶ。が、喧騒にかき消されてしまったようでざわざわとした人ごみの中に、真島の姿は見えない。


「誰?彼氏?そんなん来ないって!こんな所に彼女を置いていくようなボンクーーー」


そう言いかけた男だったが、最後の言葉を発する前に男と体は高く宙に舞った。


「だぁれがボンクラやって…?」


ドスの効いた声で言い放ち、残りのあっけに取られている2人をギロリと睨みつける。
ドサ、と鈍い音がして、吹っ飛ばされた男は意識を失ったようだった。


「っな、なんだこいつ!てめえ!!」


殴りかかったチンピラの手は真島の顔の前でバチッと受け止められ、真島はその拳をギリリと握り返した。

「ほーん?名無し触ったんは…この手か?」

掴んだ拳をぐりっと捻ると、メキ、と音がして男が悲鳴をあげる。


「ひぃっ!かかかかかか勘弁してくださいぃっ、ももももうしませんから!!!」

「次指一本でも触れたら……今度は二度とおうちに帰れんくなるで」

「すすすすんませんでしたぁ!!!」


ぱ、と手圧を緩めると、男は伸びている男と腰を抜かしている男を回収し一目散に視界から消えた。



沈黙が続き、震える声で名前を呼ぶ。

「…あ、あの…真島さん…あのごめんなさ……私が、ぼーっとし…」

言いかけ、気づけば大きな体が名無しを包み込んでいた。



「堪忍な…怖い思い、させてしもたな」


抱きしめる腕に力がこもる。


「助けてくれて、ありがとうござい
ます」

ぎゅ、と抱きしめ返すと真島は優しく.頭を愛しそうに撫でたが、何かに気づいたようにすっと体を離した。


「お前、掛衿がぐちゃぐちゃやないか…」


かなり身を捩ったからだろう。浴衣がよれて胸元が少しはだけていた。


「え、あっ……!」


途端に恥ずかしくなり、名無しは胸元をぱっと抑える。

「そのまま隠しとれよ」

そう言われ、連れてこられたのは屋台から離れた人気のない静かな物陰だった。
ここなら誰もこなさそうだ。


「浴衣も着物も、前直して背中の帯の下あたりをちょいと引っ張ったったらええねん」


すると、持ってきた割り箸を口にくわえ、す、す、と綺麗に胸元を直し、てきぱきと着付け直させられる。


「あと女の子はな、首の後ろちいと後ろに下げて開けとくと首筋が綺麗に出て可愛えんやで〜」


なんでそんなこと知ってるんだろう。
大きな手。なんて、器用で丁寧なんだろう…見た目からじゃ想像出来ないのに。


「…ちと、手、中に入れんで?」

「へ?」


ぼーっと別のことを考えていた名無しは、帯の下から浴衣の中に真島の手が入っていることに驚き、一気に顔が沸騰するのがわかった。


「ぁ…ひゃ、っ……」


なんだか直してもらっているというのにこそばゆくて、恥ずかしくて、つい、声が漏れてしまう。
ぽん、と帯を叩かれ、はっとする。


「ほい、完成や」


何もなかったかのように真島は割り箸を口から外すと、満足げにこちらに向き直った。


「あああありがとうございます…っ」

「やーらしい声出しとったけどなに想像してたん?」


真島の口端がにい、と笑う。


「い!な、なんでもないです!!!」


ぱぱっと否定して割り箸を受け取り、もらったお好み焼きに箸をつける。
生地の切り口を持ち上げると、ふんわりとソースの香りが立ち込めた。


「美味しい…!」

屋台の香ばしい独特の香りに顔が綻ぶ。
「どれ」と真島も1口含み「お、美味いやないかあいつやるのう」と口元を緩めた。





『只今より、大花火の打ち上げを開始致します』




少し遠くから聞こえるアナウンス。


「あ!真島さん、花火上がりますって。ラッキーですね」


アナウンスが聞こえた方にくるりと目をやる名無し。
色気を放つ項にすいこまれそうになる。


「………こっちも、美味しそうやの」

「…へ?っわ!!」


名無しの視界を片方の袖で隠し、真島は背後からその綺麗な首筋に甘く噛み付いた。

「えっ、ぅ…あ…っ!」

ビリビリと頭が痺れるような感覚に呼吸が早くなる。


「あかんな…せっかく直したっちゅーのに今度は俺が乱れさしてしまいそうやわ…」

「…………ま、真島さんなら、いい、よ」


小さな声で、ぽつりと帰ってきた返事に、真島は愛しさで狂いそうになる。


「こないなとこで…後悔しても知らんで」


名無しが頷くのを合図に、その閉じていた襟はするりと再度解かれたのだった。



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